御岳山・大岳山の未踏の道を散歩。

こんばんは。

先日、6月22日の日曜日、14日に公開されたばかりの映画『春を背負って』を観てきました。この日は急遽職場に顔を出さなければならなくなったんですが、昼過ぎには仕事も一段落。帰りに錦糸町を通過した際にiPadで楽天地での上映時間をチェックしたら次の回まで40分程度と、ちょうどいい頃合いになっています。直ぐに改札を出て映画館に向かいました。

ここで映画を見るのは何十年ぶりでしょうか。最近は蘇我や市川コルトンプラザ、柏の葉のシネマ・コンプレックスでの映画鑑賞ばかりでしたので、昔ながらの自由席の映画館に行ったのは久しぶりです。もっとも、劇場が昔と変わらないだけで、上映システムは最新のデジタル式のものに更新されているらしいですね。画面の隅に出る、フィルムを繋ぐ際のシンクロ用のパンチ穴、あれも最近は見ないような気がするのですが、見えたのはいつ頃までだったでしょうか。

映画では笹本稜平さんの原作の奥秩父・甲武信ヶ岳山麓から北アルプス・立山連峰に舞台を移しています。このあたりがちょっと心配だったのですが、あまりエピソードを欲張らず、かなり絞った上で淡々と描いていますので綺麗にまとまったようです。ただ、ちょっと淡々としすぎていて、山好きならウンウンと納得できるところでも知らない人には何で?みたいなシーンが若干あったような気がします。その辺は不親切かも。

あと、トヨエツを始め、登場人物が美味しそうに煙草を吸いますねぇ。私は3年半前に煙草を止めてしまいましたが、あんまり美味しそうに吸われると、また吸いたくなってしまうではないですか(笑)。

ただ一点。ラストの部分は流石に・・・ちょっとアレかな。私の頭の中では北アルプスが突然ヨーロッパアルプスに切り替わり、羊の群れが飛び跳ねて・・・

♪yo le lo le lo hi ho♪
♪yo hi du di ya ho ho♪
♪yo le lo le lo hi ho ya♪
♪la hi du di yo♪

・・・なんてヨーデルが聞こえてくるかと思いました。

さて。映画鑑賞の前日、6月21日土曜日はまたもや奥多摩方面に出かけていました。ただ、この日は終日曇りの予報で、展望は期待できません。あまり展望には関係なく山歩きだけを気軽に楽しむと言うことで、久しぶりに御岳山・大岳山界隈を未踏ルートを中心に散歩してみました。

この日の朝は5時過ぎの2本目の総武線快速で地元の駅を出発しました。若干ノンビリとした出発です。一旦東京駅まで行き、中央線ホームまで移動して各駅停車の高尾行きに乗り換えます。しかしこの電車は途中の国分寺で後発の特別快速に抜かれますので、こちらに乗り換えて立川駅まで。立川からは4分の待ち合わせで青梅線の青梅行きに乗り換え、青梅からは17分の待ち合わせで奥多摩行きに乗り換えます。どうも接続がよくありませんが、3月のダイヤ改悪以来、始発電車の次の便となるとこの時間になってしまいます。

この週末は翌日日曜日が雨の予報でしたので、登山者も土曜日に集中したみたいです。青梅での17分の待ち合わせの間にさらにもう一本の電車が到着しましたが、こちらにはかなりの登山客が乗っていました。基本的に青梅どまりの電車は10両編成、奥多摩までの電車は4両編成ですから、10両×2編成分の乗客が4両編成の電車に乗り込むと・・・通勤ラッシュ並みの混雑です。私は幸いなことに座れましたが、大きなザックを持った山ウェアの乗客が押し合いへし合いしているのは異様な光景ですね。昨年の秋、山歩きを始めたばかりの頃のこの路線は、ちょうど紅葉シーズンだったせいもあってかなりの混み方でしたが、そのときより酷いです。

電車は途中の軍畑で若干乗客が減り、御嶽でそこそこ減り、川井・古里でも若干減り・・・だったので、目的地の鳩ノ巣では降りるのに支障の無い程度の混み方になっていました。しかし、まさか山歩きに来て無事降りられるかどうかの心配をするとは思いませんでした。

20140621_0824_01.jpg

鳩ノ巣到着は8時15分です。ここは川苔山方面への登山口でもありますので結構な数の登山客がいます(ちなみに川乗橋からの百尋ノ滝ルートは途中の橋が崩落しているため、6月26日現在でも通行止めになっています)。身支度を整え、8時25分、出発です。

20140621_0828_02.jpg

鳩ノ巣駅前からすぐ下を通っている国道411号まで下ります。道路の反対側へ渡り、この看板の分岐を下りていくと、大楢峠経由で御岳山へ行く登山ルートの入り口に至ります。

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石尾根の未踏峰を歩く。

こんばんは。

前々回の記事の冒頭でご紹介した新田次郎の『劒岳 <点の記>』ですが、タイトルにもなっている「点の記」とは三角点を設置した際に個々の三角点に対して記録される公式書類です。

点の記とは三角点設定の記録である。一等三角点の記、二等三角点の記、三等三角点の記の三種類がある。三角点標石埋定の年月日および人名、覘標(てんぴょう・測量用やぐら)建設の年月日及び人名、測量観測の年月日及び人名の他、その三角点に至る道順、人夫賃、宿泊設備、飲料水等の必要事項を集録したものであり、明治21年以来の記録は永久保存資料として国土地理院に記録されている。【新田次郎『劒岳 <点の記>』冒頭より】

劒岳ですが、1907(明治40)年の柴崎芳太郎測量官の測量活動では山頂への標石の設置は見送られ、四等三角点として木製の覘標のみが設置され、測量が行われました。三等三角点の場合、標石は65kg、沈み込み防止の盤石は30kgもあり、登るのがやっとの剱岳山頂に担ぎ上げることは不可能、と判断されたためです。このため、小説のタイトルになっているにもかかわらず、剱岳の「点の記」は記録されませんでした。

しかしながら2014年現在では剱岳山頂に三等三角点が設置されています。この三角点、設置は2004年とごく最近で、ヘリで資材を吊り上げて設置工事が行われました。どうも必要だから設置したというより、剱岳周辺の測量100周年を記念する事業の一環としての設置だったようです。以下の国土地理院のニュースリリースに詳しく書かれています。

剱岳の標高は、2,999m -100年越しの三角点を設置・測量、最高地点の標高を決定-

感動的なのはこの三角点の「点の記」の内容です。こちらが国土地理院で作成した正式の点の記ですが、三角点設置を決定する「選点」の年月日と選点者名を見て涙が出そうになりました。こういう100年がかりの壮大な話は大好きです。国土地理院も粋なことをしますね。

さて。話し変わって先週末の6月14日、土曜日です。子供の運動会と悪天候で2週続けて山歩きを見送っていましたが、ようやく晴れた週末がやって来ました。とは言うものの、3週間ぶりの山行だとかなり体も鈍っていそうです。とりあえず、軽めで回れるところはどこかないか・・・とかなり悩みましたが、結局、奥多摩の未踏区間を埋めることにしました。で、行き先に決定したのが石尾根の鷹ノ巣山と七ツ石山の間。この辺りの峰はすべて1,700mを超えていますね。メタボの私にとっちゃ軽い山行で済みそうにない場所ですが(笑)。

とりあえず、今回の目標として、
 1.日蔭名栗山(1,725m)、高丸山(1,733m)、千本ツツジ(1,704m、別名『蝟谷ノ峰
   (いもりだにのうら)』)の三峰の山頂を踏む。ついでに七ツ石山と鷹ノ巣山も。
 2.上記のルートの巻き道でヤマツツジの群生を鑑賞。
 3.できれば、奥多摩駅まで真っ直ぐ下山して、未踏の六ツ石山分岐~奥多摩駅間を踏破する。
というのを考えました。優先順位の高い順です。う~ん、やっぱり私にとってはあまり軽くないような気がする(笑)。

ヤマツツジに関しては、「山と高原地図」奥多摩版に「ヤマツツジの群生(花期6月)」とあるので、前々から6月には一度行って見たいと思っていました。この区間を尾根道と巻き道で往復するとピークハントとヤマツツジ鑑賞が一遍に行えますから一石二鳥です。

さてさて、そのような思惑で6月14日土曜日、例によって午前4時半過ぎの総武線各駅停車の始発で出発しました。御茶ノ水で中央線、立川で青梅線に乗り換え、奥多摩駅到着は7時37分です。

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早速駅前バス停の2番乗り場に停車中の峰谷行きバスに乗り込みます。私が乗った時点でほぼ満席状態で、7時55分の発車時刻には満員となりました。積み残された人はいなかったようですが、通勤バスなみの混雑で出発。途中、水根で何人か降りましたが、この人たちは榛ノ木尾根経由で六ツ石山方面に向かうんでしょうか。それとも水根沢林道経由で水根山から鷹ノ巣山かな?

20140614_0833_02.jpg

8時半過ぎ、峰谷に到着。すでに乗ってきたバスは転回して奥多摩駅行きになっています。この林道をこのまま奥へ進んでいった先に浅間尾根への登山口があります。

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白い花が満開でしたが、何の花だろう?相変わらず花音痴なもので判別できません。しかし、いい天気ですね。このまま曇らなければいいのですが・・・。

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雨の日は、東京23区で山めぐり。

こんばんは。

唐突ですが、「纐纈」さんという苗字があります。読み方をご存知でしょうか?「こうけつ」さん、と読みます。関東地方ではほとんど見ない苗字ですが、岐阜県・愛知県ではかなり一般的で、読めない人はまずいません。逆に言えばこれが読める人はこの両県の出身者か、親戚などがいる可能性が高いです。

女房の出身地である岐阜県内の町でもこの苗字はかなり多く、小学校では一クラスに一人は必ずいる苗字だそうです。確かに女房の実家の近所にもこの苗字の表札が幾つか懸かっています。

何年か前、一緒に仕事をしていた人にこの苗字の方がいました。本人は東京出身なんですが、親御さんが岐阜出身だそうです。プロジェクトが始まった際の最初のミーティングで、ホワイトボードに苗字を大書きして「これでコウケツ、と読みますので皆さんよろしくお願いします」と何度も繰り返していました。なかなか正しく読んでもらえなくて苦労しているようです。

翻って私の場合ですが、全国的に非常に多い苗字にありきたりな名前の組み合わせ。間違って読まれたことは一度もありません。そのため同姓同名もたくさんいます。タレントやら、政治家やら、小説の主人公やら。その昔、共通一次試験なんてものを受けたことがありますが、受験票の発行が氏名順になっているので教室の半分くらいが同じ苗字、前の席は漢字まで同じ同姓同名でした。

同じ頃、当時は無条件に契約者が全員掲載されていた東京23区版の個人別電話帳で同姓同名を数えてみたら・・・漢字まで一致する人が43人載っていました。掲載されているのは世帯主だけでしょうから、実数だとこの倍くらいいるんじゃないでしょうか。まったく、読み間違えられないのはいいのですが、これは困りますよね。

というわけで。かなり強引に導入部から繋ぎますが、今回は東京23区内での山めぐりです(笑)。6月8日日曜日、朝から天候不順な一日でしたが、東京23区内で「山」の名を持つ場所を4箇所、回ってきました。

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山歩きをする時は欠かせない国土地理院・2万5千分の1地図です。買ってきたのは「東京首部」「東京西部」「東京南部」「東京西南部」の4枚ですが、今回登る予定の4座をすべて含む「東京首部」と「東京西部」だけ持って出かけました。万が一の道迷いの際にもこれで大丈夫。・・・実はコンパスを持っていくのを忘れていたんですが。しかしこの地図、面白がって買ってきたものの、この後使うことは絶対にないでしょうね(笑)。

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山歩きをする時には足元が大切です。ちゃんと登山靴を履いて出かけました。まあ、今日は土砂降りも予想されるので、普通の革靴を履いて出かけるより雨に強そうですけどね。でも、前回の山歩きの後のクリーニングを忘れていたので埃だらけですね。こんな靴で都心を歩きます(笑)。

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お昼前に自宅を出て、まずは総武線で秋葉原まで。東京メトロ日比谷線に乗り換えて約20分、着いたところは・・・神谷町駅です。一つ手前の駅が霞ヶ関、一つ先の駅が六本木というロケーションですね。こんなところにある山と言えば・・・。

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地図の整理。

おはようございます。

先週は子供の運動会と休日出勤で週末が潰れてしまったので、今週こそは・・・は期待していたんですが生憎の天気ですね。生憎どころか南関東は各地で警報が発令しまくりで、山歩きどころの天候ではありません。この調子では明日の日曜日も難しそうです。

雨で山歩きができないなら映画でも・・・と思っても、木村大作監督の『春を背負って』の公開は来週ですのでまだ観れません。間が悪いですね。この木村監督の前作、『劒岳 点の記』ですが、先日、これの原作である新田次郎の『劒岳 <点の記>』を読んでみました。

劒岳―点の記 (文春文庫 (に1-34))
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新田次郎の作品は、昔からちらちらとは読んでいるのですが時代小説が多かったような気がします。山岳小説のジャンルにあたるものはあまり読んだ記憶がありません。一番覚えているのは何かの短編集に収められていた、浜松の徳川家康に会うために富山から真冬の北アルプスを越える戦国武将・佐々成政主従を描いた『佐々成政の北アルプス越え』ですが、これも基本的に時代小説ですよね。

『劒岳 <点の記>』は、現在の国土地理院の前身にあたる参謀本部陸地測量部柴崎芳太郎測量官が、三角点設置のため当時未踏峰であった剱岳山頂を目指す話です。ちなみに参謀本部陸地測量部ですが、1945(昭和20)年の終戦時に「戦後の復興に地図作成機関が必要」という参謀本部第二部参謀・渡邊正少佐の判断から終戦2週間後の9月1日には陸軍組織から切り離され、内務省地理調査所として再出発したのだそうです。この迅速な英断により、陸地測量部時代の膨大な資料も戦後の混乱で散逸することなく、現在まで伝わっているのだとか。登頂自体が目的ではなかったため、剱岳初登頂の日付は公式記録には残っていないのですが、元気象庁勤務だった新田次郎らしく、陸地測量部の測量記録と当時の気象記録から初登頂の日付を割り出しています。こういったことができるのも記録がきちんと保管されていたからこそなんですね。

この地理調査所、1948(昭和23)年には建設省地理調査所に名前を変えましたが、1946(昭和21)年から1958(昭和33)年までは千葉市の陸軍戦車学校跡地(現在の千葉市稲毛区役所のある場所)にあったのだそうです。その後東京・目黒に移転し、1960(昭和35)年に国土地理院に改称。1984(昭和59)年にはつくば市に移転して現在に至ります。私の地元に国土地理院の前身組織があった時代もあるんですね。なんだか嬉しくなっちゃいます。

さて、この国土地理院の2万5千分の1地形図ですが、半年前の山歩き開始時からじわり、じわりと増え続け、現在ではこういうことになっています。

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本日現在で21枚あります。基本的に山歩きをする時は該当する地域の2万5千分の1図を必ず携帯しています。まあ、明らかになくてもいいじゃないかという山もありましたが(笑)。ここで一度、自分自身の覚書も兼ねて、在庫の棚卸をしてみます。昭文社の「山と高原地図」のエリアごとに整理してみました。

【27 高尾・陣馬】
 「与瀬」(一番最初に買った地図)
【23 奥多摩】
 「五日市」「武蔵御岳」「原市場」「猪丸」「奥多摩湖」「武蔵日原」「丹波」「雲取山」
【25 雲取山・両神山】
 「雁坂峠」
【26 金峰山・甲武信】
 「金峰山」「川浦」
【24 大菩薩嶺】
 「柳沢峠」「大菩薩峠」「笹子」
【22 奥武蔵・秩父】
 「正丸峠」
【28 丹沢】
 「大山」」「秦野」
【20 赤城・皇海・筑波】
 「筑波」
【山と高原地図の範囲外】
 「保田」「金束」(南房総市の鋸山・富山・伊予ヶ岳のエリア)

このほか、18年前に買った東丹沢エリアの地図が数枚。当時はどこへ行こうとしてたんだろう?少なくとも大山・塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳エリアではありません。

これらの地図の中には、なんかお金を出して買うのが勿体無いような代物もあります。

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プロフィール

徒骨亭主人

Author:徒骨亭主人
「むだぼねていしゅじん」です。「とこつ」ではありません。
主な関心事は電子工作、鉄道模型、空モノラジコン。その他、オーディオ、銀塩カメラ、クラシック音楽、映画などなど・・・何のことはない。どれも皆、昔ながらのオヤジ趣味ですな。最近は13年11月から始めた山歩きに熱中しております。
女房に頭の上がらない、小学生の息子を持つ父親です。

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