牛ノ寝通り、どこまで行っても緑のトンネル。

こんばんは。

ここ2週間ほどですが、体調を崩してしまっています。先日、7月18日~20日の3連休は夏風邪で38度超の熱を出してしまい、ほとんど寝たきりでした。20日、海の日の午後になってようやく熱も下がり、若干の外出はできたのですが、もちろん山歩きになんか出かけられる状態じゃありません。

1週間後の先週末、25・26日ですが、毎日仕事で午前様の日が続いていたせいか、体力の回復もいまひとつです。それでも26日、日曜日には軽く山歩きをしようと予定を空けてあったんですが、ご存知のようにこの日の東京地方の予想最高気温は36度。高尾山の麓、八王子辺りは都心よりもさらに気温が高くなるはずなので、とてもじゃないですが低山を徘徊出来るような気温じゃありません。少なくとも2,500mより高いところに行かなければ歩けるような状態ではありませんが、東京近郊では2,000mが関の山、遠出してもっと高地に行く準備なんかできていません。体力的にもまだ不安があったので、結局この日も山歩きを諦めてしまいました。

実際、前週以来の咳もまだ治まっていなかったので、中止にして正解だったかも。ちなみにこの日、女房も仕事が休みだったんですが、実は女房も週の半ば頃から風邪気味。滅多に病気にならない女房としてはかなり珍しいことです。というわけで、日曜の夕方は一家そろって地元のネパール料理のお店に食べに出かけました。ここのカレー、香辛料がよく効いていて、風邪によく効きます。私は学生時代から風邪を引くとこのお店のカレーを食べることにしています。

さて、今回のお話は風邪を引く1週間前、7月12日・日曜日の山行です。この日は梅雨の中休みで雲は多め、綺麗な快晴というわけではありませんが、雨の心配はあまりなさそうです。どこを歩こうか迷ったんですが、思い切って前から暖めていたプランを実行に移しました。

今年の年初から行動範囲を奥多摩以西の山梨県上野原市・大月市界隈まで広げて「奥多摩全山歩き尽くし」から「関東山地中央部全山歩き尽くし」へと目標を拡大していますが、ここで気になっていたのが大菩薩連嶺界隈と奥多摩界隈を繋ぐ尾根筋、「牛ノ寝通り」です。大菩薩連嶺、石丸峠の南の天狗棚山から東へ派生している尾根は狩場山・大マテイ山を経由して奈良倉山あたりから奥多摩・笹尾根の南西を並走。1月に登った権現山を通り、上野原市の用竹バス停付近まで延々と続いていますが、このうち大マテイ山あたりまでの尾根筋を「牛ノ寝通り」と呼ぶようです。今回、この牛ノ寝通りから奈良倉山まで歩いて、奥多摩界隈と大菩薩連嶺界隈の足跡を一気に繋いでみることにしました。

しかし、このルート、一番困るのが行きと帰りのアクセスの悪さです。基本的に上日川峠近くの「小屋平バス停」と、三頭山と奈良倉山の間の「鶴峠」の間を歩くことになりますが、どちらも駅からバスで1時間前後もかかる奥地です。帰りのバスを逃してしまうと大変なことになりますが、甲斐大和駅までの15時50分のバスが最終で、これ以外にバスがない小屋平バス停に較べ、鶴峠側は15時40分と16時45分の2本の上野原駅行きのバスがあります。さらには小菅の湯方面にエスケープすれば奥多摩駅・大月駅双方へのバス路線もありますし、最悪、先日奈良倉山から歩いた中風呂バス停なら大月駅への最終バスが18時23分です。状況を見ながら何かと潰しが利くということで、小屋平バス停から歩き始めることにしました。

7月12日の朝、いつもの4時半ごろの始発電車で地元駅を出発。御茶ノ水で中央線に乗り換え、八王子で6時35分発の松本行きに乗り換えます。甲斐大和駅到着は7時38分。ここから小屋平までのバスは5月に小金沢連嶺を歩いた際に利用していますので、ある程度勝手がわかっています。マイクロバスに乗り切らない乗客が来た場合には、満席になったバスをさっさと出発させ、2台目のバスを定刻で出発させる(2台目も満席の場合は3台目)ことがわかっていますので、あらかじめ出口の階段に一番近い車両に乗り、ホームに下りてすぐに下車した登山客の数をチェックしてみました。もちろん、全員が全員上日川峠行きのバスに乗るわけではないでしょうが、それを計算しても1台のバスでは乗れそうもない登山客が下車してきています。速攻で改札を抜け、バス乗り場に急行します。案の定、あっという間にバスは満席になり、7時40分、早々と出発してしまいました。

運転手さんは「小屋平までの間で降りる人いますか?いない?じゃ、まっすぐ小屋平に向かいますね」と言って結構なスピードで山道を飛ばしていきます。おかげでちょっと車酔い気味になりましたが、なんと8時15分には小屋平のバス停に到着。本来であれば甲斐大和の駅を出た頃ですから、驚異的な早さです。おかげで後の行程がかなり楽になりました。

20150712_0825_01.jpg

身支度を整え、8時25分、小屋平バス停を出発です。この時点では陽が射していますが、基本的に雲が多い天気です。

20150712_0827_02.jpg

20150712_0839_03.jpg

5月に歩いたときに較べ、笹などもよく茂っています。草いきれが結構激しいです。例によって急登なので、いきなり汗がだらだら出てきます。

今回もコースとタイムの詳細をヤマレコに登録してあります。こちらもあわせてご覧ください。

続きを読む

スポンサーサイト

テーマ : アウトドア
ジャンル : 趣味・実用

金邦夫さんの新刊「すぐそこにある遭難事故」を読んでみた。

こんにちは。

先々月、5月25日ですが、元警視庁青梅署署員(2008年定年退官、2013年までは嘱託として勤務)で、長年にわたり奥多摩山岳救助隊の副隊長を勤められておられた金邦夫(こん・くにお)さんの新著「すぐそこにある遭難事故 奥多摩山岳救助隊員からの警鐘」が発刊されていたので、早速購入して読んでみました。ちなみに金さん、名前だけ見ると外国の方と間違われそうですが、東北地方に古くからある苗字で、産出する砂金を京の都に納めていたために特に朝廷から賜ったという、由緒ある苗字だそうです。同じ読みで同系統の苗字には「今」さんとか「昆」さんとかもいます。

20150711_1007_01.jpg


すぐそこにある遭難事故  奥多摩山岳救助隊員からの警鐘
金 邦夫
東京新聞出版局
売り上げランキング: 82,027

今回の著書、金さんの前2作と同様、奥多摩で実際に自分が見聞きした遭難事故の事例をまとめたもので、版元は東京新聞出版局。東京新聞発行の月刊誌「岳人」に2013年から2014年まで連載された記事と、奥多摩観光協会発行の季刊誌「来さっせえ奥多摩」の2つの連載記事をまとめて収録したものです。前回記事で触れた、サルギ尾根の上高岩山から高岩山へのルートで道迷い遭難したケースもこの本で紹介されていました。

基本的には前作「金副隊長の山岳救助隊日誌 山は本当に危険がいっぱい」以降のエピソードを集めたものですが、2本ほど、前作と被っているものもあります。あらかじめ『はじめに』でもことわりが入れてありますが、一つは真名井沢(川苔山の東側、真名井北稜とその南の赤杭尾根に挟まれた尾根)で転落、意識不明の重体となりながら必死の救助で一命を取り留めたW大学のワンゲル部員のエピソード。普通なら絶対助からないような重傷者を救命できただけでも救助隊員としては印象深かったんでしょうけど、6年後(前作の刊行後)になって件の学生が大学院を終えて無事電機メーカーに就職した、と礼状を送ってきたそうです。やはり、すごく嬉しかったんでしょうね。文面からは我が事のように喜ぶ金さんの気持ちが滲み出ています。

もう一つは2006年に長沢背稜の三ツドッケ・一杯水非難小屋付近で発生した連続強盗事件。いわゆる「奥多摩の山賊」ですが、この事件の犯人が懲役10年の刑期でもうそろそろ出所ということで、中高年登山者はご用心を、というお話です。犯罪者更正という法の建前からすれば最初から疑ってかかるのはどうかという意見もあるでしょうけど、元警察官の金さんの立場からすれば一言言わずにはいられなかったようですね。窃盗や強盗の再犯率は決して低くないようですから、金さんが危惧される気持ちはよくわかります。

この二つを除いて、今回の本ではおもに2008年から今年初めまでの事例が紹介されていますが、2012年に川苔山・百尋ノ滝付近の断崖絶壁から150m滑落して助かった女性の話は、山歩きを始めたころに読売新聞のWEB版で読んだことがあります。このあたりでは2003年に同様に150m滑落した女性が亡くなっていますが、近くではないかと思っていたらやはり20mと離れていないそうです。他にも事故が何回かあって滑落の多発地帯みたいですが、殆どが下山でこのルートを使ったときに起きているようですね。川苔山も百尋ノ滝のある側はかなり急峻ですから要注意です。

それと、2013年に携帯電話で本人から救助要請があったものの発見できず、そのうち携帯の応答もなくなって完全に行方不明になってしまった棒ノ折山付近の都県境尾根の事例。未だに発見できていないようですが、こういったケースでは救助する側も無念でしょうね。この方を含め、2013年前後に長沢背稜などの都県境尾根で行方不明になったままの方が5人もいるそうです。このうち2人の方の遭難事故は私も知っていましたが(捜索のポスターが各所に貼ってあります)、まさか全部で5人もいるとは思いませんでした。確かに人が少ない場所ではありますが、これらの方々に共通しているのは登山届けが出ていないことだそうです。私は奥高尾縦走でもルートを必ず女房に教えてから山に入っていますし、東日原から先みたいな遭難多発地帯だと駐在所にも届けを出してから入山していますが、何かの理由でふと魔がさして「何も言わずに」山に入ったときに事故が起きるんでしょうね。心してかからねば、と思いました。

その他、2008年に奥多摩在住の登山家、山野井泰史さんがツキノワグマに襲われた事例なんかも出ています。金さんは山野井さんと親しいようで、当時の状況が詳しくわかります。私も昨年、倉戸山の現場近くを歩いたことがありますが、普段は熊鈴をつけない私がこのときばかりはちゃんとつけていました。

巻末のエピソードは2015年、今年の1月に本仁田山からの下山で道迷いした男性二人が、尾根の突端の崖から無理に降りようとして、二人とも滑落して亡くなった事例。新聞で遭難の記事は読んでいましたが、奥多摩駅から500mほどの場所だったそうです。奥多摩の場合、谷が侵食で深く刻まれているので、尾根の突端部は大抵険しい崖になっています。道迷いしたら絶対に無理に下りようとしてはいけない、よく踏まれた道のある尾根上まで引き返せ、というのが鉄則ですね。金さんも「何度でも言わせてもらう、『道に迷って沢に下りたら死ぬぞ』」と繰り返し書かれています。

最後に、金さんのこれまでの著作は以下の2冊です。

20150711_1008_02.jpg

奥多摩登山考
金 邦夫
財団法人東京都公園協会 2002年 『非売品』
Amazon.co.jpにはデータがありません。

20150711_1009_03.jpg


残念なことに現在は2冊とも絶版。「山岳救助隊日誌」の方はAmazonから古書で手に入りますが、数が出ないみたいで結構高めです。「奥多摩登山考」の方は自費出版物に近い形態の本(最初は現職の警察官が本を出すのはかなり大変で、苦肉の策でこの形態に落ち着いたみたいです)で入手は難しいです。以前は雲取山荘で売っていたとのことですが、今はさすがに残っていないと思います。

テーマ : アウトドア
ジャンル : 趣味・実用

奥多摩未踏の尾根、誰もいないサルギ尾根を歩く。

こんばんは。

先日購入した新しいノートPCですが、せっかく届いたのに毎日帰りが遅くて殆どセットアップができず、2週間以上放置状態になっていました。でも、古いPCは相変わらずCPUファンが崩壊寸前で、心臓によくない轟音を立てながら動作しています。流石にこのままじゃイカンと一念発起、先週初めあたりから気合を入れてセットアップを始めました。もちろん、帰宅するのは毎日夜中ですから、午前0時過ぎから2時ごろまでしか作業時間が取れません。少しずつ環境を移行していって、木曜日くらいにようやく新しいPCが使えるようになりました。これでようやく一安心です。

今回、もうやめようかとも思っていた古いメールの移行、今回もやっぱりやってしまいました。実はこれまで、PCを換えるたびに前のPCから古いメール一式を移行させてきたんですが、今回もやってしまったことで、過去19年分のメールが新しい環境に移動したことになります。もちろん、単なる広告メールみたいなのは整理してしまっていますが、過去に購読していたメーリングリストなんかはフォルダごとに仕分けて保存してあります。移行してから改めて確認してみたんですが、最も古いメールが1996年3月6日の日付になっています。これも当時参加していたメーリングリストからのメールですね。昔よくあった、タイトルにコマンドを入れて空メールを打つとMLに登録される・・・みたいなシステムで、一番最初のメールはサーバからの登録完了のメッセージメールになっています。

ちなみに古いメールが全部移行できているのは、最初からOutlook系のメーラを使っているからなんですが、1996年の3月ってもうOutlookあったっけ?とふと思って確認してみました。私は最初のころはOutlook Express、メールが増えてからはMS Office付属のOutlookにデータを移行して使っているんですが(メールの数が増えすぎてOutlook Expressでは対応できなくなりました・笑)、初代のOutlook Express(初期にはMicrosoft Internet Mail and News、MSIMN)がいつリリースされたのか調べてみたら、1996年8月、Internet Explorer 3.0と一緒にリリースとなっています。あれれ?3月のメールが残っているのはなぜ?最初期には当時あったフリーウェアの「電信8号」あたりを使っていた記憶がありますが、Outlook系とはデータの互換性がないはずです。

なんて暫く考えていたら思い出しました。電信8号の後、当時のWindows95に付属していた「受信トレイ」を一時期メーラとして使っていたのでした。多分この年の3月くらいだと思います。当時のマシンスペックだと、無茶苦茶動作が重くて閉口した記憶がありますが、未だにメールが残っているところを見ると、ちゃんとOutlook Expressにデータをエクスポート出来ていたんですね。どうやったのかはまるで覚えていませんが。

この他、古いPCにはPhotoshop CSなんかもインストールしてあったんですが、サポートしているOSがWindows XPまでですので、これは流石に新しいPCでは動かせません。というか、インストール後のアクティベーションがすでにできなくなっているはずです。元々ある程度は画像加工なんかで使っていたんですが、最近の用途はブログ用の画像のモザイク処理くらい。はっきり言って宝の持ち腐れです。モザイクだけなら他になんかツールを探すか・・・と思いながらAdobeのサイトを見てみたら、最新版のPhotoshop CC、月額980円で利用できるようなっているんですね。ついうっかり、「ポチっとな」をやってしまいました。というわけで、また暫く宝の持ち腐れが続きます(笑)。ちなみに、インストールしたPhotshop CC、メニュー構成なんかはあまりCSと変わっていないように見えるんですが・・・バージョンアップでどこが変わってきたんですかね?まあ、勝手がわからなくて困ることが少なそうなので好都合ではあるんですが。

さて、それでは本日の本題、6月20日土曜日の山行記録です。この前週、行こうかと考えていて寝坊のため断念したところなんですが、地域はいつもの奥多摩。これまでかなり歩いてきた奥多摩ですが、まだまだ未踏のルートが山ほどあります。今回はそのような中から、大岳山・御岳山の間の芥場峠から南東方向に伸びる、サルギ尾根を歩いてみました。このサルギ尾根、長大な金比羅尾根と馬頭刈尾根の間の短い尾根で、5年ほど前までは破線のマイナールートだったところです。今回はこのサルギ尾根の途中にある高岩山・上高岩山を通って芥場峠まで行き、ここから御岳山・日の出山を経由してこれまた未踏のJR日向和田駅まで出るルートを歩いてみることにしました。

サルギ尾根の登山口は、JR武蔵五日市駅から出ている上養沢行きのバスで終点のひとつ手前、「大岳鍾乳洞入口」バス停になります。例によって地元を始発の電車で出ると武蔵五日市駅に到着するのは6時58分。上養沢行きのバスは7時1分発なのでちょっとタイトですね。まあ、そんなに時間のかからないコースなので2番手のバス(8時22分)でも問題はないのですが、この日は午後から天気が下り坂という予報も出ています。電車が遅れたりしないことを願いつつ、朝4時半過ぎのいつもの始発電車に乗りました。

20150620_0700_01.jpg

御茶ノ水、立川で乗り換えて定刻どおり武蔵五日市駅に到着。この時点では前日までの雨が嘘のような快晴でした。

20150620_0700_02.jpg

もちろん、バスは既に駅前で待機中。いそいそと乗り込みます。バスはほぼ満員状態でしたが、殆どのお客さんが登山客ではない一般の乗客です。五日市市街地を抜けるころには殆ど降りてしまって、数人の登山客がいるだけのガラ空き状態でした。

今回の山行も、ヤマレコにコースとタイムを登録してあります。そちらも併せてご覧ください。

続きを読む

テーマ : アウトドア
ジャンル : 趣味・実用

プロフィール

徒骨亭主人

Author:徒骨亭主人
「むだぼねていしゅじん」です。「とこつ」ではありません。
主な関心事は電子工作、鉄道模型、空モノラジコン。その他、オーディオ、銀塩カメラ、クラシック音楽、映画などなど・・・何のことはない。どれも皆、昔ながらのオヤジ趣味ですな。最近は13年11月から始めた山歩きに熱中しております。
女房に頭の上がらない、小学生の息子を持つ父親です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
只今の時刻
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR