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雨の日は、東京23区で山めぐり。

こんばんは。

唐突ですが、「纐纈」さんという苗字があります。読み方をご存知でしょうか?「こうけつ」さん、と読みます。関東地方ではほとんど見ない苗字ですが、岐阜県・愛知県ではかなり一般的で、読めない人はまずいません。逆に言えばこれが読める人はこの両県の出身者か、親戚などがいる可能性が高いです。

女房の出身地である岐阜県内の町でもこの苗字はかなり多く、小学校では一クラスに一人は必ずいる苗字だそうです。確かに女房の実家の近所にもこの苗字の表札が幾つか懸かっています。

何年か前、一緒に仕事をしていた人にこの苗字の方がいました。本人は東京出身なんですが、親御さんが岐阜出身だそうです。プロジェクトが始まった際の最初のミーティングで、ホワイトボードに苗字を大書きして「これでコウケツ、と読みますので皆さんよろしくお願いします」と何度も繰り返していました。なかなか正しく読んでもらえなくて苦労しているようです。

翻って私の場合ですが、全国的に非常に多い苗字にありきたりな名前の組み合わせ。間違って読まれたことは一度もありません。そのため同姓同名もたくさんいます。タレントやら、政治家やら、小説の主人公やら。その昔、共通一次試験なんてものを受けたことがありますが、受験票の発行が氏名順になっているので教室の半分くらいが同じ苗字、前の席は漢字まで同じ同姓同名でした。

同じ頃、当時は無条件に契約者が全員掲載されていた東京23区版の個人別電話帳で同姓同名を数えてみたら・・・漢字まで一致する人が43人載っていました。掲載されているのは世帯主だけでしょうから、実数だとこの倍くらいいるんじゃないでしょうか。まったく、読み間違えられないのはいいのですが、これは困りますよね。

というわけで。かなり強引に導入部から繋ぎますが、今回は東京23区内での山めぐりです(笑)。6月8日日曜日、朝から天候不順な一日でしたが、東京23区内で「山」の名を持つ場所を4箇所、回ってきました。

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山歩きをする時は欠かせない国土地理院・2万5千分の1地図です。買ってきたのは「東京首部」「東京西部」「東京南部」「東京西南部」の4枚ですが、今回登る予定の4座をすべて含む「東京首部」と「東京西部」だけ持って出かけました。万が一の道迷いの際にもこれで大丈夫。・・・実はコンパスを持っていくのを忘れていたんですが。しかしこの地図、面白がって買ってきたものの、この後使うことは絶対にないでしょうね(笑)。

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山歩きをする時には足元が大切です。ちゃんと登山靴を履いて出かけました。まあ、今日は土砂降りも予想されるので、普通の革靴を履いて出かけるより雨に強そうですけどね。でも、前回の山歩きの後のクリーニングを忘れていたので埃だらけですね。こんな靴で都心を歩きます(笑)。

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お昼前に自宅を出て、まずは総武線で秋葉原まで。東京メトロ日比谷線に乗り換えて約20分、着いたところは・・・神谷町駅です。一つ手前の駅が霞ヶ関、一つ先の駅が六本木というロケーションですね。こんなところにある山と言えば・・・。

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愛宕山(あたごやま)
【所在地】東京都港区愛宕
【標高】25.7m

まず最初の山は港区の愛宕山です。低い山というと大阪の天保山が有名ですが、あちらは人工的に作られた築山。この愛宕山は自然地形です。天保山と同様に国土地理院地図に山名が記載され、三等三角点も設置された、公的に認められた「山」です。ただし、日本国内には同様に公認された自然地形の山でここより低いところもありますから、日本一低いというわけではありません。

また、自然地形としては23区の最高峰になりますが、最高標高地点ではありません。新宿区にはここより高い人工の築山がありますし(本日後で回ります)、23区の西半分(いわゆる山の手)は都心から西へ向かって徐々に標高の高くなる武蔵野台地の上に乗っかっていますから、最高標高地点は練馬区西部の58mだそうです。ちなみに高尾山口まで行くと標高は190m弱になります。あくまで自然地形の独立峰(笑)として一番高い山、ということですね。

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愛宕山の下にはこのようにトンネル、愛宕隧道が通っています。23区内では唯一の山岳トンネル(笑)だそうです。ただし1車線で、東側から西側への一方通行になっています。

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愛宕山への神谷町側の登山道は愛宕隧道の脇にありますが、その前にちょっと寄り道。愛宕隧道から50mほど北にある栄閑院というお寺です。石碑にあるとおり、ここには解体新書で有名な杉田玄白(1733~1817)のお墓があります。

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お参りしてから写真を撮らせていただきました。立派なお医者様になれますように・・・とお願いしましたが、今更遅いって(笑)。

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先ほどの愛宕隧道まで戻ります。トンネルの左手前に山頂への登山道があります。山頂にはなにやらいっぱいありますね。

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山頂直下の急登部分。あと少しで山頂です。気合を入れなおして登っていきます(笑)。

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山頂到着。ついに登頂に成功しました・・・って、これでここへ来るのは3度目かな?ちなみにここには愛宕神社があります。京都の愛宕神社の末社にあたりますが、あちらが鎮座ましますのは標高924mの愛宕山、こちらは25mの愛宕山。ほぼ下二桁だけの標高ですね。

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こちらが愛宕神社の境内にある三等三角点。石の標柱は三角点の柱石ではありません。ここに三角点があることを示しただけのもので、柱石本体は手前の金属の蓋の下にあり、普段は見ることができません。

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「平九郎手折りの梅樹」。1634(寛永11)年、増上寺での徳川秀忠の三回忌から帰る途中の徳川家光がこの愛宕山の石段の下を通りかかった際、「誰か馬に乗ったままで山頂の梅の木を取ってくるものはいないか」と供の者をけしかけました(迷惑な将軍様だ)。しかし、誰もがしり込みして名乗り出るものが居らず、家光のイライラが爆発寸前になったときに一騎出たのが讃岐・高松藩の曲垣平九郎という若い侍。見事馬に乗ったまま梅の木を取ってきて、家光に大層褒められたそうです。また、後には尾張徳川家に900石で召抱えられたとか。ちなみに讃岐ネタがこの間から頻発していますがこれは偶然です。なお、各所の資料では「讃岐・丸亀藩の・・・」となっていますが、この当時はまだ丸亀藩は存在しません。生駒騒動で高松藩の生駒氏が改易され、讃岐が高松・丸亀の二藩に分割されるのは1640(寛永17)年以降です。

ところで、梅の木って400年も持つんでしたっけ?

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こちらは曲垣平九郎が馬で登り下りしたといわれる石段。平九郎の出世にちなんで「出世の石段」と呼ばれています。この石段を登ると出世できるとか。おかしいな、何度かここは通っているんだけどな、と思っていたら・・・はたと思い出しました。私はいつも、今日と同じように神谷町方面から来るので、出世の石段を下ったことしかありません。そりゃ、出世できんわ(爆)。

しかし、かなり急な階段です。明治以降も3人の方がこの石段を馬で登るのに成功しているらしく、最後は日本テレビの番組の企画で1982(昭和57)年に登った方がいるそうです。しかし、登るより下りるほうが百倍難しそうなんですが、明治以降の挑戦者は登るだけだったみたいですね。

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愛宕山を語る上でもうひとつ忘れてはいけないのがこちら。NHK放送博物館です。この場所は1925(大正14)年、日本で最初のラジオ放送局、JOAK東京放送局が建てられた場所です。1938年にNHKが発足し、内幸町に移るまでこの場所からラジオ放送が行われていました。ちなみに放送開始時の3月にはまだ建物が完成しておらず、芝浦の仮放送局からの放送でした。JOBK大阪放送局の方が準備が早く進んで先に開局されそうになったので、慌てて芝浦から放送を開始したそうです。愛宕山の局舎が完成し、本放送を開始したのは4ヵ月後の7月でした。

現在ではこのように1956(昭和31)年にオープンしたNHK放送博物館が建っています。この博物館のオープン当初は、大正14年の最初の局舎をそのまま使っていたそうですが、保存しておけば良かったのに・・・と思うのは私だけでしょうか。それにしても周囲に高層ビルが林立するようになってしまいましたね。

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放送博物館は入場無料です。受付で館内の撮影はOKかどうか聞いてみたところ、記念撮影程度ならかまわないがブログなどで紹介する場合には申請書を出して欲しいとのことでした。ただし、住所・氏名・連絡先と使用目的・紹介内容を簡単に書くだけでしたので、提出しておくことにしました。紹介内容は館内を回らないとわからないので、帰る際にもう一度立ち寄って記入してもOKです。実は私はここへ入るのは2度目なので展示内容は大体わかるのですが、念のため帰りに記入することにしました。

受付のお姉さんが綺麗だったので、思わず申請書と一緒に写ってくださいと言いそうになりましたが、思いとどまりました(笑)。

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こちらは放送開始時に使われていたマイクロフォンとスピーカー。マイクロフォンは透明ケースに入れられて大事に保管されています。

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右はテレビ放送には欠かせない八木・宇田アンテナ開発時の実験装置。左は世界初のテレビ、高柳式テレビの実験装置です。ともにレプリカです。一般には八木アンテナで通っている多素子アンテナですが、正式には八木・宇田アンテナといいます。開発時、東北帝国大学の八木秀次研究室にいた講師の宇田新太郎が実用化研究を行ったのですが、論文は八木・宇田両名の名前で発表。講師だと立場が悪いですね。さらに海外の特許出願は八木の単独名で出されたので、完全に八木アンテナという名前で定着してしまいました。

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こちらはラジオ放送開始時のラジオ受信機。大型のものは初期の真空管を使ったもの、小型のものは真空管を使わない鉱石ラジオです。鉱石ラジオは電源不要ですが、真空管を使ったものは3種類の電池が必要でした。電池の消耗も激しく、ラジオのある家には電気屋の小僧が御用聞きにやってきて電池を配達していたそうです。安くはありませんのでお金持ちしか使えませんでした。

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これは・・・実は展示品ではなく、私が15年近く前に作った鉱石ラジオ。この時代のラジオを復元した構造になっています。加工が難しいバリコンは昭和初期のものを探し出してきて使いましたが、鉱石検波器やコイルといった部品は自分で金属加工をして作りました。製作の概要はこちら。ちょっと専門用語なんかも出てきますが、製作時の雰囲気だけでも感じていただけたら、と思います。

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こちらは昭和10年前後のラジオ受信機。電灯に使う100ボルトの家庭用電源が使えるようになり、ラジオの値段も大幅に下がって一般家庭に普及し始めました。

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こちらは終戦の詔勅を収めた録音盤(本物)と、当時昭和天皇がお使いになっていたラジオ受信機です。当時の国民が使っていた一般的なラジオよりずっと小型でお洒落ですが・・・アメリカ製だったりします・・・。録音盤のほうは収録時、なんとNHKの担当者が昭和天皇にNGを出してしまったため、2テイク目も録音されて2枚あるはずですが・・・こちらは放送されたものの筈です。実際の放送には手違いでNGを出した1テイク目を使ってしまったそうです。窒素ガスを封入した容器に厳重に保管されていますね。

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これは戦後間もない頃の放送設備とラジオ。大戦中にドイツで開発されたテープレコーダーが使われるようになって来ました。右側は昭和21年頃のラジオ、国民型ラジオ2号です。この当時のラジオはあらかじめ規格化された回路に基づき、各メーカーが製品を作って販売していました。部品はアマチュアでも手に入りますから、ハンダ付けなどで腕に覚えがあればメーカー品と同性能のラジオを作ることもできました。メーカー品には30%の物品税がかかっていて高いので、素人が組み立てた方が安く上がります。腕さえあればいいアルバイトになったようです。

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またもや私が作った昭和20年代風のラジオ。国民型ラジオ4号B型の回路で復元してあります。真空管などは可能限り当時の部品を探してきて組み立てましたが、数十年経つと劣化して使えなくなるようなコンデンサーなどは現代のものを使っています。これの製作記事はこちら。ちょうどウチのチビが生まれた月に完成させましたが、女房がお産で入院している隙に私は自宅で工作三昧でした(笑)。

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テレビの実験放送が行われていた頃のテレビ。

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本放送が始まった頃から皇太子(現在の今上陛下)ご成婚の頃までのテレビ。三丁目の夕日の世界ですね。

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東京オリンピック以降、カラーテレビが普及する頃まで。私が物心ついた頃のテレビは右のタイプですね。こういったテレビでウルトラマンやウルトラセブンの本放送を見ていました。右のテレビの画面には「ふるさとの歌まつり」のタイトルが映っていますね。

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ひっこりひょうたん島と、ブーフーウーのオープニングで使われていた人形たちです。両方とも、しっかり見覚えあります。

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もうちょっと時代が下がって、「できるかな」のゴン太君です。この着ぐるみは番組収録用ではなく、イベント用だそうです。

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「新日本紀行」や大河ドラマのオープニングを数多く手掛けた、富田勲が使用していたMOOGのアナログシンセサイザー。実際に使っていたものだそうです。

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さて、放送博物館から出てきていよいよ下山です。出世の石段を再び下ってこれ以上落ちぶれたらとんでもないことになりますので、別のルートから下山します(笑)。

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下りきったところは愛宕隧道の反対側の入り口脇。こちら側には上まで登るエレベーターも併設されています。

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次の目的地に向けて移動を開始。東京メトロ虎ノ門駅方面に向かいます。途中で出世の石段の下を通ったので撮影だけしておきます。やっぱり急な階段ですね。

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虎ノ門駅までの途中、なにやら由緒ありそうな建物が。「砂場」というお蕎麦屋さんでした。結構有名なお店のようです。以前、内幸町で仕事をしていた時期があるのですが、さすがに昼時にこのあたりまでは歩いてきていません。新日石ビルの地下のカレー屋さんがお気に入りだったのですが・・・なんか、最近ビルの立替工事のために閉店してしまったようです。

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虎ノ門駅に到着。オフィス街の真っ只中ですが、日曜なので閑散としています。正面左奥は元祖!高層ビルの霞ヶ関ビルですが、今となってはただの古ぼけたオフィスビルですね。TBSの「キイハンター」のオープニングの最後に毎回出てきていて、当時は最先端を行くビルの筈だったんですが。

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虎ノ門駅から東京メトロ銀座線で移動。やってきたのは銀座線の終点、浅草駅です。ここは東武伊勢崎線・・・いや、スカイツリーライン(笑)の浅草駅前に出てきたところです。地名や路線名をカタカナ名にするのはやっぱりダサいですね。あれほど酷くないにせよ、「南セントレア市」に通じるものを感じてしまいます。

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東武浅草駅は松屋浅草の2階部分にありますが、駅から出てすぐに凄い急カーブを通って90度向きを変え、隅田川を渡ります。ところが、駅ができたのは4両編成くらいが普通だった時代。現在のように10両編成が普通になると駅から大幅にはみ出し、ご覧のように急カーブの上までがホームになっています。こんなところにホームを作ると・・・所によってはホームと車両との間隔が50cmくらいまで開いてしまいます。電車がやって来るたび、駅員さんがホームから車両まで渡り板を渡しているのですが、見ているとあれをいつもやるのも何だかなー、と思ってしまいます。

このまま、駅の東の江戸通りを北に向かって進みます。

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言問橋(ことといばし)西の交差点まで来ました。江戸通りから言問橋を渡って東へ延びているのが国道6号線、水戸街道です。正面にスカイツリーが見えますが、真ん中あたりに雲がかかっています。高尾山より高いんですからこれも当然かな。

この言問橋、在原業平の伊勢物語に出てくる歌「名にしおはばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」にちなんで名づけられていますが、在原業平はウチの女房の大のお気に入り。「いい男が詠む歌は実にエロいわね~♪」などとのたもうているんですが、一体どういう基準で古典鑑賞をしているんだか(笑)。

この先、隅田公園の前まで来たところに第2の目的地があります。

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待乳山(まつちやま)
【所在地】東京都台東区浅草
【標高】9.7m
この山は自然地形(隅田川の自然堤防)なのか、人工の築山なのかはっきりしないそうです。国土地理院の地図に山名は載っていませんが、三等三角点が置かれています。この三等三角点、どうも処置保留になったりしていたらしく、私の買ってきた紙版の2万5千分の1図には掲載されていません。上から見ると前方後円墳ににているので、古墳だとする人もいるらしいのですが、玄室や副葬品は一切見つかっていないそうです。

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こちらが待乳山の全景。山全体が待乳山聖天(まつちやましょうでん)というお寺になってます。このお寺の正式名称は本龍院ですが、聖天(歓喜天)を本尊として祀っています。ヒンズー教の象の頭を持った神様、ガネーシャと同一ですね。 縁結び、夫婦和合、商売繁盛がご利益だそうです。なお、このお寺は浅草寺の子院のひとつです。隅田公園へ来た際などに待乳山の前は何度も歩いていますが、まだ一度も登ったことがありません。

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山頂までの最後の急登です。9.7mはきつい(笑)。

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山頂に到着。本堂です。

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こちらが三角点。愛宕山と同様、見えているのは蓋石です。本体はこの下に格納されています。

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本道の裏は展望台のような場所になっています。ここからは吉原方面が見えたはずですが、江戸時代や明治頃までは絶好の展望台だったんでしょうね。今でも周囲には大して高い建物がありませんが、標高が10mないので展望が全然利きません。

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寺務所ではお札や線香などのほか、大根を売っています。別に食べるためのものではありません。縁結びや夫婦和合をお願いするためのお供え物です。本堂の中には、大根が大量に積み上げてありますし、大根を持って本堂に上がる人が引きも切りません。年配の方が多いんですが、本人ではなくお子さんのための良縁祈願なんでしょうか。

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ここは作家の池波正太郎の生まれた土地でもあります。生家はどうもこの待乳山のすぐ横にあったようです。

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待乳山から再び歩いてきた通りに戻ります。戻ってすぐのところに台東区のコミュニティバス「めぐりん」のバス停があります。めぐりんには北めぐりん、南めぐりん、東西めぐりんの3路線ががありますが、ここを走っているのは北めぐりんです。反時計廻りで台東区の北半分を一周しています。

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今現在いるのは「3 隅田公園」。ここから「14 三ノ輪駅」に向かいます。路線は・・・山谷の南端を通って吉原の鼻先をかすめ、三ノ輪橋へ向かうルートですね。

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三ノ輪駅に到着。ここは、北めぐりんのバス停からちょっと先へ進んだ三ノ輪の交差点、東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅があります。ここで地下鉄に乗らず、国道4号線(日光街道)を左奥方向へ進みます。

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常磐線の立体交差の手前で左へ入り、すぐに右へ曲がって常磐線の下をくぐってそのまま直進。ジョイフル三ノ輪のアーケードが見えてきたら、手前を左に入ります。すると・・・。

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東京に残った最後の都電、荒川線の三ノ輪橋電停です。ここから都電に乗ります。

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20分ちょっと都電に揺られ、辿り着いたのは王子駅前。京浜東北線の王子駅との乗換駅です。3番目の目的地はこちらです。ちなみに都電は運賃一律で170円です。

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飛鳥山(あすかやま)
【所在地】東京都北区王子
【標高】25.4m

こちらは愛宕山と同じく自然地形の山ですが、国土地理院の地図に山名は記載されておらず、三角点もありません。愛宕山より0.3m低いため、都内で最も低い山、を標榜しようと北区から国土地理院に山名を入れるように交渉したこともあるらしいのですが、結局不首尾に終わったようです。山自体は飛鳥山公園という公園になっています。こちらは結構由緒正しく、暴れん坊将軍こと徳川吉宗が享保の改革の一端として、江戸市民に花見の場所を提供しようと整備したのが始まりだとか。当時は花見の場所も少なく、風紀が乱れがちで、庶民が安心して花見のできる場所を提供しようとしたらしいです。

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ここが登山口。JR京浜東北線王子駅北口改札から徒歩1分、都電荒川線王子駅前電停からも徒歩2分以内です。私は王子の辺りへは何度も来たことがありますが、待乳山と同じく飛鳥山にはまだ登ったことがありません。左へ行くと通常の登山ルートですが、なにやら右の方に行列ができていますね。これは何の行列かというと・・・。

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観覧車?いえいえ、実はこちらはこういう乗り物。

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飛鳥山登山鉄道・・・じゃなくて飛鳥山公園モノレールです。バリアフリー対策の一環として設置されたらしいのですが、料金は何と無料。山麓と山頂を約2分で結んでいます。「アスカルゴ」という愛称が付いています。運転時間は午前10時から午後4時まで。エレベーターと同じようなボタンが内部に付いていて、エレベーター同様に乗り降りできるはずですが、今のところは警備員さんがすべて操作しています。



アスカルゴからの前面展望を録画してみました。最初、一旦ドアが閉まった後に再び開いて乗客を乗せているため、少々出発がもたついています。走行中に流れる公園案内を吹き込んでいるのは、女優の倍賞千恵子さん。このあたりのご出身らしいです。

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こちらは折り返し下っていくモノレール。

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モノレールを降りたところはすぐに飛鳥山山頂になっています。山として認めて欲しいという想いからか、山頂モニュメントがやたらと立派ですね。

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公園内には都電6000系や蒸気機関車D51が保存されています。こちらは昭和18年製造のD51 853。ボイラー上部の蒸気溜と砂箱を収めたドームが通常だと滑らかな形をしていますが、こちらはカマボコのように角のある形をしています。通称カマボコドームですが、これは戦時型の特徴で、製造工程を簡略化するためにこのような形になっています。

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公園の奥には北区飛鳥山博物館、紙の博物館、渋沢資料館の3つの博物館と、旧渋沢栄一邸とその庭園を保存・公開している一角があります。全部見て回るとかなりの時間がかかりそうです。今回の主目的は山登り(笑)ですので、このあたりはまた別の機会に子供づれで来ます。

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下山は一般登山道で(笑)。ふたたび都電荒川線の王子駅前電停まで戻り、荒川線に乗り込みます。

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30分ほど荒川線に揺られ、終点の早稲田までやってきました。これで荒川線をコンプリート。これまでぶつ切りで利用したことは数え切れないほどありますが、一日のうちに通しで全線乗ったのはたぶんこれが初めてです。単に乗り鉄やりたかっただけじゃねーか、という声も聞こえてきそうですが(笑)。

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荒川線・早稲田電停のある新目白通りからちょっと北へ入ったところには、神田川が流れています。

♪窓の下には 神田川♪

桜の木の葉が生い茂って鬱蒼としてきていますね。ここから神田川沿いに面影橋方面へ半分ほど戻り、新目白通りを渡って反対側の住宅地に入ると、新宿区立の甘泉園公園があります。

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うお♪天気が悪いので誰もいません。この公園独り占め。本日初めて、山歩きをしている気分になりました。この甘泉園は徳川御三卿のひとつ、清水家の下屋敷の日本庭園の跡地で、明治以降は相馬子爵家の所有になったりしていましたが、現在では新宿区立の公園です。

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額紫陽花が一杯咲いています。雨が降っているので額紫陽花も生き生きとしています。

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躑躅はさすがにもう終わり、かな。

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これは春紫苑?それとも姫如苑?

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カルガモの夫婦でしょうか?ここだったら安心して子育て出来そうですね。私もしばしこの公園で寛ぎました。

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甘泉園をそのまま通り抜け、武蔵野台地の上へ出ます。このあたりは江戸時代には「高田の馬場」があったところ。高田の馬場は現在のJR山手線・高田馬場駅のあたりではなく、駅から2kmほど東のこの場所にありました。この画像のマンションですが、20数年前まで、この場所には古めかしい銭湯がありました。その名を安兵衛湯といいます。もちろん、高田の馬場の堀部安兵衛の仇討ちにちなんで付けられた名前です。

♪二人で行った 横丁の風呂屋♪

って、実はここです。当時の生活風景をそのまま切り取って歌にしてあったんですね。

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早稲田通りまで出て、神楽坂方向に坂を下ります。下りきったところの角にあるのがこちら、穴八幡宮。毎年冬至から節分まで頒布している一陽来復のお守りで有名ですが、我が家では毎年冬至に私か女房がここへ来てお守りを戴き、家庭内に貼り付けています。昨年の冬至は女房が来ました。

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穴八幡からさらに次の信号に進んだところの角です。酒屋さんが一軒。看板になにやら「SINCE 1678」と書いてあります。これ、はったりでもなんでもなく、本当にこの酒屋さんは江戸時代初期の創業です。堀部安兵衛が高田の馬場の仇討ちに駆けつけた際、馬場の手前の酒屋に飛び込み、景気付けに一升枡で酒をあおってから馬場へ向かった・・・という話がありますが、ここがその酒屋さん。安兵衛が使った枡も現存しており、家宝として銀行の貸し金庫に仕舞ってあるそうです。

この酒屋さんの前から右に行く通り、夏目坂通りとなっています。実際に坂道なんですが、その名前の由来が・・・。

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酒屋さんの隣は「夏目漱石生誕の地」でした。ちなみにもうちょっと神楽坂よりのところに漱石公園という公園がありますが、そこは漱石が晩年、「漱石山房」を構えた場所で、漱石が亡くなった場所でもあります。漱石は生まれたのも亡くなったのもこの近辺なんですね。

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一旦穴八幡の前まで戻り、左へ折れて高田馬場方面へ進みます。しばらく歩くとこのような案内が出てきます。本日最後の目的地です。

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箱根山(はこねやま)
【所在地】東京都新宿区戸山
【標高】44.6m

この山は愛宕山のところでもちょっと触れましたが、人工の築山です。このあたりは江戸時代には尾張徳川家の下屋敷でしたが、その庭園の中にあった築山がそのまま残ったのが箱根山です。しかし、武蔵野台地の上で元々20m程度の標高の場所とは言え、さらに土を積み上げて44mもの山を作るんですからさすが尾張徳川家ですね。

ちなみにこの場所、都内有数の心霊スポットとしても有名ですが・・・特に何も感じませんね~。隣が国立感染症研究所、戦前は陸軍軍医学校、関東軍防疫給水部とも関係があって25年ほど前には工事中に大戦中のものと思われる60体ほどの人骨が出てきたり・・・なんて話もあるので、そこから尾ひれが付いて都市伝説になっているような気がします。

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ここへは若い頃、何度も来ていますが、こんな立派な登山口の標識あったっけ?なんだか随分と整備されているようです。

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指導標があると山っぽい雰囲気が出ますね。今日回った中では、一番山っぽいかもしれません。

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山頂までの道は真っ直ぐ付いていません。箱根山を取り囲むように付いている環状の道をアミダくじのように右へ左へと進んで、ようやく山頂直下の登りです。でも、こんな立派な手摺り、昔からあったっけ?単に築山に階段が付いているだけだったような?

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山頂到着~。山頂の周りも綺麗に手摺りで囲われています。やっぱり昔よりも整備されていような気がします。誰もいなくて静かです。雨も上がっていたので、20分ほど山頂で寛いでいました。

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なにやら真新しい立て看板があります。なになに・・・おお!なんと!公園サービスセンターで箱根山の登頂証明書を発行してくれるですと!これは貰いに行かなきゃ・・・ええと、時間は午後5時30分まで。あ。今が5時半だ・・・。

ちょっと来るのが遅すぎたようです・・・。

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木々の間から西新宿のコンクリート製の山々が見えます。

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山頂にある三角点もどき。これは以前も見た記憶があります。本物と同じく花崗岩で作ってあるので、騙される人も多いみたいです。ブログなどに「三角点がありました」と書いてあるのを何回か見ました。

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もう18時近いので、今日の山歩き(笑)はお開きにしましょう。登ったのとは別のルートから下山します。しかし、しつこいくらいに手摺りがつけてありますね。公園ですから、お年寄りとかの転倒事故も多いのかもしれません。

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東京メトロの早稲田駅まで戻ってきました。これから帰宅します。

おまけ:東京23区で一番低い場所
・・・と言っても、調べてももっとも低い場所がどこか分かりませんでした。で、とりあえず心当たりの場所があるので、帰る途中の南砂町駅で途中下車。

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これが南砂町駅の入り口ですが・・・地下鉄の駅ですから地下へ下りるはずが、一旦かなりの段数の階段を上がってから下りるようになっています。実はこのあたりは江東区のゼロメートル地帯。地盤沈下で地表が海面よりかなり低い位置にあります。万が一、堤防の決壊などで海水が流れ込んできた場合、普通の地下鉄駅の構造だと際限なく海水が地下鉄構内に流れ込んで東京中の地下鉄、地下街が水浸しになってしまいます。それを防ぐための段差なんですね。また、高潮などが段差を超えても大丈夫なように、頑丈な防水ドアも入り口脇に備え付けられています。

20140608_1859_84.jpg

こちらは南砂三丁目公園脇のモニュメント。この地点での海面の高さを示したものです。一番下の細いリングが干潮時の海面、次の太いリングが平均海面。その次の細いリングは満潮時海面です。平均海面でも2mくらいの高さがありますね。そのすぐ上から3つ付いている太いリングは、これまでの台風での東京湾の高潮の水位です。3つ目、5mくらいの高さのものは東京湾で観測史上最大だった大正6年の高潮の水位です。

で、一番上のリングがこの辺りの堤防の高さを示していて、「だから大丈夫だよ」と言いたいらしいのですが・・・そこへ目が行く前に不安ばかりが募りそうなモニュメントですよね。このモニュメントですが、以前に東西線沿線に住んでいた折、この先のホームセンターへ買い物に行くたびに目にしていましたので、紹介させて頂きました。

20140608_1906_85.jpg

最後に本日の装備。ザックとトレッキングポール(笑)です。最後までお付き合い、ありがとうございました。
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No title

おはようございます、徒骨亭さん!

まず冒頭の「纐纈」
確か小説でありましたよね、人血で染められた纐纈布…中国の話だったかと思います。
田中芳樹さんも、この話を書いていた気がするので、大丈夫、読めましたv-218(笑)

さてさて「山登り」、確かに登ってきましたね、「山」に。
愛宕山はなんと25メートルもありますか!
大変でしたねi-235
あと出世の階段は下ってはいけません(笑)

飛鳥山のモノレールは重要ですよね。
だって、25.4メートルも登るのに、乗り物無しじゃキツ過ぎます(笑)
しっかり乗って、写真も動画も撮るのですから、徒骨亭さんも「鉄な人」です。
もしかして一度乗った時にアナウンスを聞いて、動画を撮ろうと思い立ち、再度乗ったなんてオチはありませんよね(笑)

それにしても箱根山の登頂証明書は、残念でした!

Re: No title

悠さん、おはようございます♪

そういえばありましたね、田中芳樹さんの『纐纈城綺譚』。あと、国枝史郎の『神州纐纈城』とか。そうか、悠さんみたいに読書家だと、小説のタイトルで読めるようになっている人もいるわけですね。ちなみにこの苗字、画数が多いのでへんとつくりを外し、略字として「交告(何故『交吉』じゃないんだろう?という気はしますが)」と書くことも多いそうです。また、これが戸籍上の字になっている人もいるとか。

出世の石段、実はあれは「男坂」で、向かって右脇に九十九折れの緩やかな参詣道「女坂」があります。恐らく男坂を登って女坂を下りてくるのが正しい参拝順路なんじゃないかと思います。

あまり記事の数は多くありませんが、わたしのブログでも一応は鉄道模型なんかを扱っていますから、私が「鉄な人」なのは自明の理。ただ、私の場合はメカヲタクの延長で鉄道模型を扱っているような面もありますから、鉄分の多少を言うなら悠さんの方が鉄分の多さでは勝っているかも(笑)。ちなみに私はメカヲタクらしく、船も飛行機もロケットも大好きです。なお、アスカルゴの乗りなおしはやっていませんので念のため(笑)。下りた後で気がついたのですが、登りではなく下りで撮影した方が画面に坂を登る都電荒川泉(すぐ横の坂道を走っています)なんかも収められて面白くなったんでしょうね。

それと。私は街中でも長距離を歩くのは平気です。というか、元はそっちの方が専門でした。10年位前までは、東京の下町を中心に歩き回っていて、1日30キロを超えることもザラ。例えば総武線の小岩から常磐線の金町とか、普通に歩けば柴又街道を直進するだけなので6キロありませんが、葛飾区内をジグザグに京成の高砂・青砥界隈を経由して北上して夕方にようやく金町着・・・とかやってました。あと、総武線の平井から常磐線の綾瀬まで荒川の橋を行ったりきたりしながらとか。「何で行ったか思い出せない」というのは、実は大抵これなんです。下町の商店街を夕陽の中、フラフラ歩いたりするのが大好きでした。今でも好きですけど(笑)。

とっても楽しそう♪
実際に都内を歩いてみると、新しい東京も発見できそうですし、
見ていてなんだかワクワクしちゃいました★

23区内にもそんなにたくさん山があったなんて!
特に王子のモノレール、全く知りませんでした…
驚き!
それにしても、たくさん移動されましたね。
登山靴は雨の日は必須ですね。

Re: タイトルなし

umeチャンさん、こんばんは♪

なんか今回はブラタモリみたいな企画になりましたが、ちょっと歩いただけでいわくのある場所が次々と出てくるのはやっぱり東京ですね。ちなみに今が旬の「虎ノ門ヒルズ」は今回歩いた愛宕山のすぐ北側なんですが、そういう『とれんでぃ』な場所は意図的にスルーさせて頂きました(笑)。

今回はほとんど都心部ですが、都心からちょっと離れると未だに武蔵野の面影を留める場所があったりしますから、このあたりもそのうち雨の日企画で取り上げようと思います。世田谷のはずれとか、雑木林が結構残っていますし、立川辺りまで足を延ばすと砂川の辺りとか、巨木に囲まれた家が街道沿いに並んでいて昔の武蔵野そのままだったりします。若い頃はあの辺りまでよく散歩しに行っていました。もちろん千葉からですが(笑)。

No title

こんにちは!

23区には、たくさん山があるのですね。
神谷町からスタートする山登り。虎ノ門が出てきたり、不思議な感じです(笑)

日曜日のオフィス街は、人が少なくていいですよね。
甘泉園公園って、知らなかったです。紫陽花がキレイですね。

新日石ビルの地下のカレー屋さん、閉店したと聞くと気になります(笑)どんなカレーだったのですか?

No title

徒骨亭さん こんばんは

この前レポ読んだ時、なんだかタモさんぽいよな~って思っていたんですが、やっぱりそうだったんですね!ブラタモリという番組は見たことがないのですが、レポの雰囲気がタモさんが出ている番組と似ていたもので…。さすがにマニアの世界ですねww

都電とかモノレールとか、悠◯ん興奮してますかね!?

No title

こんばんは♪

東京23区山のぼり、いいですね!
あちこち移動しながら、しっかり山も登る♪
なかなか出来そうで出来ない企画です(^ ^;)
9.7mの待乳山、ちゃんと名前に『山』と付いてる所がいいですね。
何mから山というんでしょう?(笑)


Re: No title

たまねぎさん、こんばんは♪

今回訪れたのは比較的山っぽいところばかりですが、これ以外にも富士を模した塚は都心にも一杯ありますよ。江戸時代は富士講なんかも盛んでしたから、現地に行けなくても地元の築山、○○富士に登ってご利益を得ようとしたんでしょうね。こういうのも調べ出すと結構面白そうです。

甘泉園はちょっと奥まったところにあってわかりにくいですし、穴場かもしれませんね。昔はその名の通り美味しい水が湧いていたそうですが、今では枯れてしまっています。この甘泉園以外にも、この近所には神田川を下ったところに芭蕉庵や椿山荘なんかがあります。

新日石ビルの下にあったカレー屋さん、「カリカル」という名前です。わざわざ食べに出かけるようなとびきり美味しい店ではありませんでしたが、飽きの来ないお店でした。サラリーマンの昼飯にはこれって大事です。職場の周りって結局数が限られますから、何回でも行ける店って重宝しますよね。同名のお店(暖簾わけ?)が新橋駅前にもあるのですが、一度食べに行ってみようと思いながらなかなか行く機会がありません。

Re: No title

kouさん、こんばんは♪

タモさんに似てると言われて・・・喜んでいいのかどうか(笑)。タモさんが出ている番組って、「タモリ倶楽部」ですよね。自分でも書きながらタモリ倶楽部みたいになってきたな~と思っていたんですが、やっぱりそうですか・・・う~ん(笑)。まあ、趣味は確かに似通っているかもしれません。

悠さ○には、モノレールに関しては確かにこちらの思惑通りの反応をしていただいたかな、と(笑)。都電に関しては、私も公共交通機関の中で撮り鉄をやるほどの度胸がないので写真が殆んど撮れず、悠○んの反応も今ひとつかな(笑)。

Re: No title

mokos619さん、こんばんは♪

今回の企画は割とよく知っている場所ばかりだったので、思いつきで始めた雨の日企画としては割と綺麗にまとまってくれたかな、と思います。今後も雨の日企画で武蔵野の面影探しとか、いろいろとやってみようかと考えていますが、よく知らない場所だと綺麗には決まらないでしょうね。

名古屋にも南区に待乳山とよく似た雰囲気の11mの山がありますよ。名古屋で一番低い山だそうで、名鉄本笠寺・JR笠寺からそれぞれ15分ほどの丹八山です。一度、散歩がてら出掛けられてみては?

徒骨亭さん、こんばんわ。

都会のお山探索ですか~。面白い企画です。
都会には色々な名所や見どころがあるので楽しく散策できますね。田舎だと少し街を外れると、田んぼ田んぼ川畑田んぼ田んぼ高速道路海・・・となってしまいます。

箱根山の心霊スポットが気になります。。。雨に濡れているので余計怖く感じますが、どんな都市伝説があるのか知りたい。。。

Re: タイトルなし

青レンジャーさん、こんばんは♪

東京って、現在ではビルが立ち並んでいるのであまりよくわかりませんが、結構起伏の激しい地形をしているんですよね。○○坂、と言うような名前の付いた坂道も無数にあります。愛宕山や飛鳥山、それと彰義隊で有名な上野のお山なんかは武蔵野台地の一番端っこの部分が切れ端のように山になった地形なので、同様の地形で山という名前が付いていなくても山っぽいところはまだまだ探せばあるんじゃないかと思います。ちなみに台地が侵食されてできた「等々力渓谷」なんてのも23区内にあったりします。

心霊スポットといっても大したことは無いと思いますよ。隣の国立感染症研究所が終戦までは陸軍軍医学校で、終戦時に都合の悪い標本を大量に埋設処分したらしく、25年ほど前に工事中に人骨(それも標本なんで頭蓋骨をカットしたようなやつ)が一杯出てきて大騒ぎになったことがあります。この話に尾ひれが付いて都市伝説化していったみたいです。
プロフィール

徒骨亭主人

Author:徒骨亭主人
「むだぼねていしゅじん」です。「とこつ」ではありません。
主な関心事は電子工作、鉄道模型、空モノラジコン。その他、オーディオ、銀塩カメラ、クラシック音楽、映画などなど・・・何のことはない。どれも皆、昔ながらのオヤジ趣味ですな。最近は13年11月から始めた山歩きに熱中しております。
女房に頭の上がらない、小学生の息子を持つ父親です。

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