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岩殿山、落城の道を歩く。

こんばんは。

先日の日曜日、4月5日の早朝。小雨模様のこの日、私は都営大江戸線・勝どき駅の前に降り立ちました。

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この写真の右奥、駅前の交差点を右方向に折れて晴海方面に向かいます。

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黎明橋を渡り、晴海トリトンの前を通り抜けて・・・。

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やってきたのは晴海の江間忠ビル、「日本無線協会」。昨年11月と同じように「無線従事者試験場」の看板が出ていますね。そうです、この日、私は2月に申し込んであった「第二級アマチュア無線技士」の試験を受けにやって来たのでした。昨年11月に当日試験を受けたのは第三級ですから、一つ上位の資格になります。

ただ、昔からアマチュア無線の世界では一・二級と三・四級の間にはかなり大きな隔たりがあります。実は、戦後再開されたばかりのアマチュア無線には一・二級しかなかったんですが、「青少年への科学教育の普及」を目的として「初級」の位置づけの電信・電話級(現在の三・四級)が1950年代の終わり頃に新設され、従来の一・二級は「上級」と呼ばれるようになりました。上級資格には送信出力以外に制限事項がありません。また、免許の発行者も三級以下だと各地方の総合通信局長名義ですが、一・二級ではプロの無線技士や通信士と同じ総務大臣名義になります。上級資格は子供の頃、電話級を取った時からの憧れだったんですが、それをようやくこうして受けに来たわけです。もっとも、私が子供の頃の第二級アマチュア無線技士の試験は毎分45字のモールスの送受信の実技試験もあり、筆記試験は択一式ではなくすべて記述式でしたから、択一式の試験のみになってしまった現在ではかなり難易度が落ちていますが。

しかし・・・試験に先立つ2月・3月とも忙し過ぎました。休日出勤のオンパレードで3回しか山に行けなかったくらいですから、当然受験対策なんてろくすっぽできていません(言い訳)。ところが、です。4月に入り、プロジェクトに若干ゆとりが出来たので、「春休み」と称して全員で4月2日と3日、木曜金曜に休みを入れることになりました。なんという僥倖、なんという天佑!これで試験対策が出来る・・・と喜んだのも束の間、木曜の朝から熱を出して寝込んでしまいました。女房は同じ木曜の朝に春休み中の子供を連れて岐阜の実家へ里帰り。私はとりあえず「寝て直す」方針で薬を飲んで布団を被っていたんですが、結局土曜日まで寝込んだままになってしまい、何もすることが出来ませんでした(再び言い訳・笑)。

試験をパスしようかとも思ったんですが、7,500円も払ったのに勿体無い。というわけで病み上がりの体に鞭打ち、この日、こうやって晴海までやってきたのでした。試験会場の様子は流石に撮影していませんが、教室に入った途端に光り輝く物体のオンパレードに圧倒されました。三級の時は「う。オッサン率高し」と思いましたが、二級になるとオッサンを遥かに通り越しています。「う。ジ○イ率高し・・・それにしても見事なハ○頭よ」という状況でした(笑)。

まあ、試験の手応えは推して知るべし、でしたが。合格発表は2週間後、日本無線協会のサイトの他、郵送でも通知が来ます。ちなみに当日の問題は主催団体である日本無線協会の方から既に公表されていて、こちらの方から見ることが出来ます。他の資格の問題も一杯並んでいますが、間違って無線関係の最高峰の資格である「第一級総合無線通信士(一総通)」なんかを開かないように。それと、三級・四級の問題がリストの中にありませんが、これらは回数が多いせいか、オフィシャルには公開されていません。

なお、アマチュア無線の国家試験、資格試験の難易度という視点で客観的に判断すると、一・二級がS、A、B、C、Dの5段階評価で下から2番目のC、『やや易しい』という評価になるようです。三・四級に至ってはランク外で評価対象にもなっていません。一・二級と同程度の試験とされるものを挙げると、こんな感じです。
・第二種電気工事士
・危険物取扱者乙種
・衛生管理者
・FP技能士2級
・調理師
・色彩検定2級3級
などなど。もちろん、他にもいっぱいあります。最後の色彩検定は民間検定ですが、私は以前、諸般の事情で3級をとったことがあります。アパレル系のお姉さん方が多い試験ですので、会場は200人くらい入る教室に男性は私の他には一人だけ、あとは全員20代~30代の綺麗なお姉さんという、夢のような試験会場でした(笑)。ただ、コロンをつけている方が殆どですので、むせそうになるくらいの強烈な香りには閉口しましたが。「光の国」第二級アマチュア無線技士とは対極にある試験ですね(笑)。

さて。それでは本日の本題、先月28日土曜日の山行の話です。

この2~3月は、忙しくならなければ中央線沿線、山梨県上野原市から大月市にかけての標高1,000m前後の山々を巡ってみる予定でした。所謂「秀麗富嶽十二景」などの山々ですね。しかし、実際には1月12日に権現山から扇山(秀麗富嶽十二景No.6)にかけて歩いたのみで、その後はまったく歩くことが出来ませんでした。というわけで、これまで歩けなかった分を取り戻すべく、秀麗富嶽十二景No.8「岩殿山」と秀麗富嶽十二景No.7「百蔵山」を一気に攻略しに出掛けてみました。

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地元駅を朝4時半過ぎの始発電車に乗り、御茶ノ水で中央線各駅停車高尾行きに乗り換え。さらに八王子で中央本線の各駅停車松本行きに乗り換えて、7時19分、大月駅に到着です。ちなみに大月駅、生まれて初めて乗り降りです。というか、上野原より西の駅は鳥沢しか乗り降りしたことがありませんでした。

大月市ではこの日から岩殿山のさくら祭りが始まっていました。身支度を整え、7時30分ちょうどに出発です。本日はまず最初に岩殿山の並びにある岩峰「稚子落し」に向かい、そこから岩殿山を目指します。本日のコースとタイムの詳細情報はヤマレコのほうへ登録してあります。そちらもあわせてご覧ください。

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大月駅は富士急行の始発駅でもあります。富士急名物「フジサン特急」が駅に停車中でした。

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フジサン特急沿いに駅前から西のほうへ向かいます。

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しばらく道なりに進むと突き当たるので右折。

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すぐに跨線橋があるので階段を上り、線路の北側へ渡ります。

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跨線橋の階段を下り、そのまま道なりに東のほうへ進みます。真正面に岩殿山が見えていますね。道はすぐに左へ分岐していますので、ここを左へ入ります。写真では結構幅の広い道路に見えますが、実際には車がすれ違うのがやっとの細い道です。

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そのまま道なりに進んでいきます。途中、ふと左のほうを見ると、おっ!富士山の頭の部分だけチラリと見えています。どんより曇っていますが、意外と雲底は高いようです。これなら今日は富士の姿を拝めるかな?期待が高まりますよね。

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中央道の下を潜り抜けます。上り線はこのすぐ右で岩殿山トンネルに入っています。下り線のほうは岩殿山トンネルが短く、ひとつこちら側に大月トンネルがあります。

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道なりにさらに15分ほど歩くと、折り返して右手前に下りる道が現れます。ここが稚子落し方面への入口。

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すぐに橋があって川を渡ります。ちょっと前までのヤマレコなどには壊れかけた吊橋の写真が出ていますが、今回は全くその姿を見ることが出来ませんでした。どうやら撤去されてしまったようです。

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ここは右へ進むか左の方へ登っていくか一瞬迷いましたが、正解は右のほうです。左へ進むと人のお宅の庭先に出てしまうようです。

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舗装道路が終わり、ここから山道です。

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と思ったら、のっけから急登です。ここまで歩く距離が結構長かったのがいいウォーミングアップになっており、あまり辛くはありません。

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足元はザレていて結構滑ります。登りはともかく、下りではロープがないと厳しそうですね。

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こちらは鎖。鎖に体重をかける必要はありませんが、足を滑らせると厄介なので一応鎖を手に持って登ります。

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うぎゃあ!木に「謎の液体」が!誰かワンコ連れてここを歩いたなぁ!知らずに掴んじゃったじゃないか~(泣)。そこら辺の砂を手にすり込んで手を洗いました。でも、あまり臭いがしなかったので、ひょっとしたら悪戯で水かなんかをかけてあったのかもしれません。そっちのほうが悪質と言えば悪質ですが(怒)。

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稚子落しの岩壁が見えてきました。

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傾斜が緩やかになってきました。そろそろ到着かな?

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突然、目の前が開けました。稚子落しに到着です。

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うひゃ、落ちたらひとたまりもないですね。撮影しながらかなり腰が引けています。

さて、この稚子落し。何故このような名前が付いているかと言うと、岩殿山城落城の折、赤子が泣いて敵兵に位置を知られるのを恐れ、ここから谷底に赤子を投げ落とした・・・という伝承から来ているらしいのですが、果たして本当にそのような故事があったのでしょうか?

まず、いつ頃の話かというと、天正10(1582)年の話のようです。この年の2月9日、織田信長は甲斐の武田氏を討つべく兵を伊那谷に進めます。所謂「甲州征伐」の始まりですが、5年前の長篠の合戦で多くの重臣を失い、向心力を欠いていた武田氏は戦う前から寝返り・兵の逃亡が相次ぎ、自己崩壊を始めます。高遠城以外では合戦らしい合戦もなく、あっという間に信長の嫡男・織田信忠の率いる織田軍は諏訪まで迫りました。成す術のない武田勝頼は3月3日、本拠の新府城(韮崎)を焼き払い、体制を立て直すべく数百名にまで減った兵を率いて重臣の小山田信茂が守る岩殿山城を目指します。

3月8日、笹子峠の手前、現在の甲斐大和駅付近に到着した武田勝頼を小山田信茂の使者が迎えます。言上によれば現在勝頼を迎えるために岩殿山城からの援軍が当地に向かいつつある、とのことですが、この使者はその夜、勝頼らと共にいた小山田信茂の実母を連れて姿を消します。翌9日、一説によれば小山田勢が笹子峠から勝頼目掛けて鉄砲を撃ちかけてきた、という話もあるようですが、小山田勢の裏切りが明らかになり、進路を絶たれた武田勝頼は景徳院付近に陣を構え、追撃してくる織田勢を迎え撃つことを決意します。3月11日、織田方の先鋒、滝川一益との最後の戦いが始まりました。この時、勝頼に従っていた兵は僅かに100人ほどであったと言います。しかしながら多勢に無勢、現在の田野の湯付近で武田勝頼・信勝父子は自刃して果て、ここに武田氏は滅亡しました。

さて、武田氏を滅亡に追いやった小山田信茂ですが、3月16日に嫡男・正室・実母を連れて甲府を占領していた織田信忠の元を訪れます。もちろん、実母らを人質に差し出して所領安堵を願うつもりだったんでしょうが、信忠は主君を裏切った信茂の不忠を厳しく断罪し、嫡男や正室を含め、全員処刑されてしまいます。郡内(大月・都留方面)を長らく支配した小山田氏もまた滅んでしまいました。

冒頭の「稚子落し」は、この直後のこととされています。ただ、調べてみても、織田勢による岩殿山城包囲戦というのは実際にはなかったようです。伝説によれば、小山田信茂の側室、千鳥姫が信茂の次男・賢一郎と自らの子・万生丸を連れ、警護の武士・小幡太郎と共に夜陰に乗じて岩殿山城を脱出。尾根伝いに西へ向かったものの稚子落しのあたりで万生丸が泣き出してしまい、敵方に気が付かれるのを恐れた小幡太郎が万生丸を奪うと谷底に投げ落とした・・・という話になっています。何となく後世の創作っぽい気もしますが。

さて、史実のほうでは武田氏滅亡後の3月26日、織田信長が甲府に到着します。この時、現在の北杜市付近で信長は生まれて初めて富士山を間近に見て、大いに感動したようです。論功行賞や武田氏亡き後の武田旧領の仕置きを行い、4月10日、信長は甲府を発って東海道経由で安土に帰ります。でも、信長の命運も既に尽きかけていました。2ヶ月も経たない6月2日、安土から中国地方へ向かう途中の信長は、皆さんご存知のように本能寺で明智光秀に討たれます。同行していた甲州征伐の功労者、嫡男信忠も同様に二条御所で命を落としました。3ヶ月くらいの短い間に武田氏・織田氏が歴史の表舞台から相次いで姿を消して(織田氏は滅亡したわけではありませんが)しまうわけですね。まさに諸行無常です。

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これから歩くルートです。稚子落しから天神山、その向こうに見えているのが岩殿山です。

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富士が大分見えてきました。やっぱり、今日は雲が高いですね。もうちょっとハッキリしたお天気になってくれると嬉しいのですが。

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こちらは今歩いてきた方面。左奥に大月市街が見えていますが、あそこからここまで谷沿いを歩いてきたわけです。

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稚子落しを後にして先へ進みます。すぐにこのような分岐に出ますが、直進するとトズラ峠方面に行ってしまいますので右折します。

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稚子落しから見えていた岩場の上を歩きます。真下が見下ろせるわけではないので、あまり恐怖感はありません。もちろん、右に転げ落ちたら一巻の終わりですが。

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あっという間に岩場を通り過ぎてしまいました。意外とあっけないですね。最後にもう一回、稚子落しを振り返ります。

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ここから先は普通の尾根道。急坂でもありません。

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小さな祠のある場所があり、正面方向が開けていて富士がよく見えます。この祠が天神様なのかな?

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祠の先へちょっと進むとピークがあり、天神山の山頂です。

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天神山の先は激下り。所々ロープもあります。滑らないように慎重に下ります。

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ちょっと開けたところがあって、岩殿山が大分近くに見えるようになってきました。右下は大月から猿橋方面の市街地。

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右手の方に結構な岩山が聳え立っています。これが兜岩のようです。

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分岐に出ました。左に行くと林間コース経由で岩殿山へ行くようですが、岩場を通らずして何のための岩殿山か、というのがありますから右へ進みます。

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再び分岐。やっぱり直進すると岩場を巻くようです。ここも迷わず右へ。でも、直進した先の巻き道のほう、結構荒れているみたいですけど。右への道はこの後、兜岩の左側の肩から岩の上の方へ登って行きます。

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兜岩の上に出ました。

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反対側へ下ります。わはは、下の見えない断崖絶壁です(笑)。一旦、手前の鎖を使って中央の木のあるところまで下りましたが、下のほうから人がやってくる気配がしたので右の踊り場のほうへ寄って待機します。

登ってきたのは50代くらいのご夫婦でした。奥様を旦那さんが下から誘導しながら登ってきます。完全に通り過ぎるのを待って、他に人の気配がないのを確かめてから(声もかけました)鎖に取り掛かります。

しかし、岩がカーブしているので、足元が全然見えません(笑)。足がかりを足探りで探しながら下ります。難しそうですが、数回やると慣れます。ただ、最後に右のほうへ続くバンドみたいなところの上に降り立つのですが、上から見るとこのバンドの部分が殆ど見えず、その先は断崖が数十メートル下まで続いているだけですので、結構恐怖感があります。一回、逆方向から登ったことがあれば先の様子も見当つくんですけどね。

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岩場を通り過ぎて振り返ったところ。中央一番上の木が、前の写真で上から見下ろしたときに中央奥に立っている木です。こうしてみると、そう大した岩場でもありません。

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岩場の先で先ほどの巻き道に合流。この先、さらに鎧岩の岩場(上下2段)を下りますが、先ほどの岩場を通過した後だとまったく問題なく下れます。ただ、予想外に腕の力を使っているらしく、腕がヘロヘロになってきたのでこの先暫く写真がありません(笑)。

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築坂峠に到着。ここで小休止、例によってウィダーinゼリーで栄養を補給します。

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岩殿山方面に向かって登り返します。急峻な山なので、結構な急登です。ただし、暫く登ると右手の方への緩やかな巻き道になりました。が。ここで稚子落し方面へ向かう60代後半くらいの男性と出くわしました。シャツにスラックス姿、ショルダーバッグにジャケットを引っ掛け、足元はデッキシューズみたいなソールの革靴です。どう見ても岩殿山へ来た観光客が入り込んできたようにしか見えません。このままだと、この先の急坂部分で転倒しかねません。慌てて止めにかかりました。
「差し出がましいとは思いますが、その格好ではこの先の道を歩くのは難しいですよ。本格的な山道なので、登山靴は必須です。」
「やはりそうですか。でも、回り道もあると聞いたんですが。」
「ええと、ここから向こうの岩山(兜岩)が見えるでしょう?この道はあの岩山までつながっているんですが、正面から行くと岩場を鎖で登ることになります。回り道もあの険しい山の右手を回り込む急斜面の細道で、足を踏み外したら終わりですよ。」
「そうですか・・・実は、歩き始めてからちょっとまずいかな、とは感じていたんですが」
というわけでめでたく引き返すことに決定。とりあえず私のほうが先行させてもらいましたが、歩きながらさりげなく付いてきていることを確認。

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丸山方面からの登山道に合流。あとはここから階段を登っていくだけです。ちょっと行った先で後ろを振り返ると、先ほどの男性がここから下っていくところでした。まずは一安心です。

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山頂の手前まで来ました。

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山頂展望台に到着。でも、富士を撮影するのに夢中になっていたら、山名標を撮影し忘れました(笑)。先ほどよりは晴れてきて、青空も増えてきています。

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展望台からさらに最高標高地点の烽火台へ向かいます。

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岩殿山山頂(烽火台・634m)に到着。

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ここから、今度は百蔵山を目指します。岩殿山の東側へ下る道を下り始めますが・・・凄い急坂です。足を滑らせないように木などに掴まりながら慎重に下りて行きます。麓までこんな道が続いたらどうしよう?下りるだけで体力を使い切ってしまいそうです。そのうち、道の両脇にカヤトが増えてきたので、そいつに掴まりながら下りていきました。

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ん?整備された階段状の登山道に出ました。どうやらこれは山頂展望台から直接下りてきた道のようです。一旦展望台まで引き返してこの道を下りてくれば、一瞬でここまで来れたみたいですね。時間を無駄にしたかな。

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こちらは今下りてきた道。この岩壁を下りてきたわけではありません。画面右のほうからバンド状の部分を下りてきたんですが、最後は踏み後も薄く、「これ、本当に登山道?」状態でした。他に正しいルートがあって、私が踏み外しただけかもしれませんがよくわかりません。

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歩きやすい道ですね。サクサク下って行きます。

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麓の国道へ出ました。ここから右へ折れると大月方面、左へ折れると猿橋方面となっています。左の猿橋方面へ向かいます。

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階段を下りきると、向かいにバス停があり、その脇に下へ降りる道が付いています。そちらへ向かいます。

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すぐ下の県道に出ます。猿橋へ向かうならここを突っ切って向かいの道を左のほうへ下りて行きますが、今目指しているのは百蔵山なので、手前の県道を左手のほうへ進みます。

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しばらく道なりに進みます。道は緩やかに下っています。

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葛野川に架かる橋にでました。ここを渡り、突き当りのT字路を左に折れます。

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戸並入口のバス停を過ぎて10mほど先が百蔵山への入口。指導標が小さいので見落とさないように注意します。

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集落を抜けると、しばらく林道のような山道が続きます。

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林道の終点。ここが登山道の始まりになります。夏場は草いきれが凄そうなところですね。

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最初は杉林の中の登り道。

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昨年の大雪の影響でしょうか?登山道の上に何本も倒木が覆い被さっています。この先、同じような光景を何回か見ました。巻き道が出来ていたりするので、通過に支障はありません。

この先、ちょっと行ったところの平坦な場所でお昼休憩にしました。この先の金比羅宮あたりでお昼にしようと思っていたんですが、シャリバテ気味になってしまったのでその前に食事を摂ることにしました。やっぱり、一旦完全に下りきってから登りなおすのは辛いですね。

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金比羅宮通過。神社なのに梵鐘があります。

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金比羅宮の先は結構な急登です。ここで再びグロッキー。シャリバテと言うより、単純に疲れ果ててしまっているみたいですね。ゆっくり登って行きます。

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尾根上に乗り上げました。ここからは暫く標高差の殆どない、なだらかな道が続いています。一安心。

このあたりで、トレランの男性が前方からやってきたので道を譲ったんですが、後でヤマレコを見てビックリ。この2週間前、3月14日に月夜見山の近くで後ろからやってきたトレランの方に道を譲ったんですが、その時と同じ方でした。月夜見山では天気の話などをして若干の会話もしていたのですが、同じ方というのは全く気が付きませんでした。なかなか分らないものですね。先方の方も全く気が付かなかったそうです。私の場合、ザックにつけた無線機がトレードマークになっていますが、前述のとおり岩殿山の岩場を通る関係で、この日は装着していませんでした。

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少し勾配が急になってきました。この程度でも息が上がります(笑)。

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百蔵山の手前のピーク、大同山への最後の登り道。休み休み登って行きます。

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大同山山頂(907m)に到着。金比羅宮からここまで(正確には1分くらい先の分岐まで)標準CTで40分ですが、50分以上かかっています。もうボロボロです。ここで再び20分くらい休憩。

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大同山からちょっと歩いた先の鞍部は猿橋・下和田方面への分岐。そのまま百蔵山へ直進します。

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百蔵山への最後の登り。傾斜は大したことありませんが、やっぱりバテバテでスピードが出ません。こりゃ、扇山まで歩くのは絶対に無理ですね~。このあたりでほぼ扇山を諦めて、途中からエスケープすることを決めています(笑)。

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山頂が見えてきました。かなり広い山頂ですね。

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百蔵山山頂(1,003m)に到着。目論見より1時間も遅い到着です。もうバテバテ。

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富士は・・・辛うじて見えていますが、春霞がかなり酷いです。写真より、肉眼のほうがもうちょっと鮮明に見えていますが。

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山頂から富士方面の眺め。広い山頂ですが、展望が利いているのは富士方面の一方向だけです。

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こちらは倉岳山方面。手前の樹木が邪魔をして、あまりよく見えません。

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山頂には風格のある木が結構沢山生えています。どちらかというと、展望よりも木々の美しさを楽しんだほうが良さそうですね。

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こちらは北側。木々の向こうに見えているのは権現山などの山並みです。

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この日、岩殿山を歩いているときから何度も見かけた蝶がここにもいました。岩殿山ではなかなかいい位置に止まってくれず、写真を撮れずにいましたが、やっと撮影できました。この蝶は「ヒオドシチョウ」ですね。昨年7月、霧ケ峰近くの八島ヶ原湿原で見かけたのと同じ蝶です。近縁種の「エルタテハ」によく似ていますが、後翅に白い斑点がないので識別できます。そのほか、後翅の外縁に青っぽい縁取りがあるのも特徴ですが、越冬してきた個体のため、翅がボロボロになっていてよくわかりません。

このヒオドシチョウ、この後産卵して一生を終えます。産み付けられた卵は6月頃には成虫になりますが、低山では7月にはいると姿を見なくなるそうです。実はこの蝶、未だにどこで越冬するのかよくわかっておらず、越冬どころかどこで夏を過ごしているのかさえも不明なんだそうです。高山に移動してそのままそこで冬を越える・・・という説もあるようですが、そう言えば昨年、7月末に見かけたのは亜高山帯の八島ヶ原湿原でしたね。

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山頂にいたのは7人くらい?皆さん、まったりと山ご飯を楽しんでおられました。

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さて、山頂を後にして先へ進みます。既に扇山まで足を延ばす気力は完全に失せていますが、とりあえず予定していた方向には進みます。扇山との鞍部、宮谷分岐までは歩いておきたいところ。

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百蔵山の東側はかなりの急坂です。足を滑らせないように慎重に下りて行きます。本当にこのあたりの山は山頂付近が険しいですよね。ちなみに足はそれほど疲れていないので、急な下りもあまり苦にはなりません。

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急坂を下りきるとなだらかな尾根道が暫く続きます。

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宮谷分岐までやって来ました。ここからは再び扇山への登り道になります。時間も既に15時を回っているので、素直に下山することにします。右へ折れて猿橋方面へ下って行きます。

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おや、歩きやすい道ですね。こっちのルートは疲れた体には優しいルートだったかな?

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・・・と思ったら、尾根上の下りが延々と続き始めました。大量の落ち葉が積もっていて、ちょっと歩きにくいです。ただ、足を滑らすほどではありません。

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杉林の中に入ると、落ち葉トラップも一段落。

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尾根を下りきりました。宮谷分岐からここまで20分ほど。かなりサクサク下りて来れます。沢を渡ると林道に入ります。

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今度は林道を歩きます。道の左側からは所々で水が流れ落ちて来ており、小石がパラパラ落ちてくるようなところもありましたので、警戒して道の左端を歩きます。

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40分ほど林道を歩くと集落に出ました。本当に下りてくるのはあっという間ですね。

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中央の山の間、微かに富士のシルエットが見えています。本日最後の富士山です。

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集落の中から桂川方面に向かって一気に下って行きます。

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途中、中央道の下を潜ります。

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国道20号に出ました。右に折れ、猿橋駅方面に向かって歩きます。

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やがて国道20号は桂川にかかる「新猿橋」に差し掛かりますが、その手前で右へ折れ、市道に入ります。この市道を100mほど進むと、左側に階段の入口があります。

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その階段を下ったところに、有名な「猿橋」があります。

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橋のたもとの標柱。

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橋の真ん中あたり。木造の橋ですので、当然ながら歩行者しか通れません。

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橋の下を見ると、かなりの高度があります。

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橋を渡りきり、対岸の踊り場から橋の全景を見たところ。渓谷の両側から橋桁をせり出させ、その上に橋をかけている構造がよくわかります。

実は私、この猿橋へは生まれて初めて来ました。日本三大奇橋のNo.2ということですが、No.1は山口県岩国市の錦帯橋。No.3は徳島県祖谷のかずら橋と、栃木県日光市の神橋(東照宮の前にある橋)がその座を争っているそうです。猿橋以外は全部行った事がありましたし、神橋以外は渡ったこともありますね。とりあえず、これで日本三大奇橋を全てクリアです(笑)。

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猿橋からさらに進むと再び国道20号に入ります。

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猿橋駅の入口まで来ました。

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猿橋駅に到着。17時9分の電車は行ったばかりです。次の電車まで30分近く待ちましたが、既にポカポカ陽気なので全然苦にはなりません。この後、高尾駅で中央線特別快速に乗り換え、東京駅経由のいつものルートで帰宅しました。

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No title

こんばんは、徒骨亭さん!

まず、ヒオドシチョウですね!
私が見たのも同じ蝶なので、早速直してきます!e-282
てっきりヒョウモンチョウかと(^^;

さて、徒骨亭さんが乗った中央本線の電車、私は今後乗ることが難しそうです…。
新宿の乗り換え時間が前は4分あったのに、今度は1分ですよ!?
ちょっとでも遅延すればアウトだし、その電車でスケジュール組むのはリスク大きすぎるかなぁ(^^;
う~ん、またしても悩ましい…。

岩殿山、懐かしく読みました(^^
逆方向は歩いたことが無かったので、ちょっと新鮮でした!
でもあの岩場を初で下るのは、大変そうですe-330
そしてやっぱり大変だったようで、だから皆基本的に、岩殿山から稚児落しのルートで歩くんですよね~。
お疲れ様でした!

それにしても観光客の無謀なことよe-263
まずいと思うなら引き返せ!
60代後半なら尚のこと、体力なんてなかろうに、そういう判断ってつかないんですよね…そういう人達が滑落して、危ない道ってことになって、中高年登山者がって話になるから、嫌なんですよ。
大体山なんて、全部危ない道しかないのにさ!i-235

一度下って登り返すのが嫌だから、百蔵山とのセットは避けていたのですが、やっぱり止めていて正解だったような(笑)
でも猿橋はまだ行っていないので、今後の予定に組み入れたいところです(^^

No title

再びこんばんは、徒骨亭さん!
悠です。

やっぱりこっちも…実は、Kouさんのところで名前が出ておらず、Kouさんに『私は誰?』状態をしてしまったので、もしやと思い見てみたら、こちらでも名前が出ていませんでした(^^;

投稿前のチェックもれですね、失礼しました!

Re: No title

悠さん、こんにちは♪
名前がなくても、文体と内容で100%識別できますから大丈夫ですよ。実際、2つ目のコメントを見てから名前がないのに気が付きましたから(笑)。

今日はいい天気ですが、先週来の体調不良がまだちょっと尾を引いている感じだったので、大事をとって自宅にいます。口惜しいですね~。今日あたりは九鬼山とかに登ってみたかったんですが。

ヒオドシチョウの件、実は先日の悠さんのレポへのコメントで書き忘れてました。まあ、こちらにもたまたま同じ蝶の写真があったので、こっちに記事を書いておけば伝わるだろうな、と思っていたんですが図星でしたね。ちなみに悠さん、昨年の那須でも同じ蝶を撮影していますよ。やっぱり7月だと亜高山帯にいる?という気もしますが。

先日のダイヤ改正、常磐線からは移動しにくくなっちゃったみたいですね。新宿の乗換えが難しくなったのなら、立川6時21分の奥多摩行きも難しいと言うことですよね?せっかく東京駅直通になったのに、山歩きでは恩恵を受けられないどころか環境悪化、というは口惜しいですね。やっぱりこれは宝くじを当てて八王子に移住せよと言う天の意思?でも、本当にあっちに引っ越されたら激しく嫉妬するかも(笑)。

観光客が稚子落しへの山道に入ってくるのは確かに無謀ですが、丸山公園まではさくら祭りでせっせせっせと観光客を誘致中、その先の岩殿山展望台もコンクリート階段の観光客仕様、途中の稚子落しへの分岐には装備に対する警告看板なし・・・だと少なくない数の観光客が入り込んでしまっているんじゃないかと思います。奥高尾だと、もみじ台の手前に結構わかりやすい警告表示がありますよね?岩殿山もあれくらいのことはしておかないと、ちょっと危険かもしれません。ともあれ、今回の方は頑固な方じゃなく、素直に聞き入れてくれたので助かりました。でも、歩きながらチラチラ見ていると、結構山慣れしている方みたいで、歩き方はしっかりしていました。ひょっとしたら観光客として来ちゃったけど実は山歩きの出来る人で、様子だけ見に来て駄目だと思ったところで引き返せる人だったのかもしれません。「余計なお世話」やっちゃったかも(笑)。



No title

徒骨亭さん、こんばんわ。

天神山から見える眼下の町並みは、山々に囲まれて山梨っぽい~と、思わず懐かしくなりました~。
徒骨亭さんが登られた山々から、大菩薩嶺とかも見えるんでしょうね~。富士山という大スターに若干埋もれてしまいますが。。。

時々、お山に犬と一緒に登られる方がいらっしゃいますよね。。。
ダメとは言えない小心者の青レンジャーです。でもお花達や山の動物達のためにはご遠慮願いたいです。。。

3、4月は忙しいですよね。。。青レンジャーもなかなかお山に行けません~。。。

Re: No title

青レンジャーさん、こんばんは♪

今回歩いたルートで、稚児落しのすぐ先に分岐があって私はそこを右折して岩殿山に向かいましたが、ここを直進して尾根伝いに歩いていくと雁ヶ腹摺山、大峠経由で黒岳、牛奥ノ雁ヶ腹摺山、小金沢山、大菩薩峠・・・とつながっています。ただし、かなり距離があるので1日では到底歩けません。また、これらの山々は奥まった場所にあってアクセスが難しいので、あまり歩く人がいないようですね。いずれは攻略して、奥多摩から大菩薩連嶺にいたる山々の登山道を全て歩き尽くしてみたいとは思っていますが。

このあたりはどこから見ても富士山がよく見えます。大菩薩嶺より富士山に近いですから、かなり大きく見えますが、あまりいつも見えていると食傷気味になります(笑)。やはり、思いがけない場所からふっと見えたりするときが一番感動しますね。人間ってなんて勝手、とは思いますが(笑)。

私も動物は好きなほうなんですが、犬を連れて歩いている方を見るとハラハラする時がありますね。もちろん、皆さんマナーのいい方ばかりなんですが、足場の悪いところなんかだと動物がどういうアクションに出るか予想できませんから、思わぬ事故につながるんじゃないかという心配があります。特に、奥多摩から山梨にかけては急傾斜の山が多いですし。

最近、お忙しそうですが、連休の頃には落ち着くんでしょうか?関東圏の山への遠征、お待ちしております♪
プロフィール

徒骨亭主人

Author:徒骨亭主人
「むだぼねていしゅじん」です。「とこつ」ではありません。
主な関心事は電子工作、鉄道模型、空モノラジコン。その他、オーディオ、銀塩カメラ、クラシック音楽、映画などなど・・・何のことはない。どれも皆、昔ながらのオヤジ趣味ですな。最近は13年11月から始めた山歩きに熱中しております。
女房に頭の上がらない、小学生の息子を持つ父親です。

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