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旧青梅街道、古道を歩く。

こんばんは。

またしても前回の更新から間が空いてしまいました。前回記事アップ後、すかさず次の記事を・・・と思っていたんですが、今回の記事は地図を描いたりとかがあったので、愚図愚図しているうちにあっという間に2週間。記事そのものは7月24日の話なので、もう2ヶ月も前の内容です。古い話になりますが、平にご容赦を。

さて、今回のお題、山に登る話ではありません。山歩きには違いありませんが、ピークらしいピークには登ることがありません。まだ歩いたことのなかった、尾根筋上の古道を歩いてみたお話です。

昨年の7月、大菩薩峠の南にある石丸峠から東に延びる長大な尾根、「牛ノ寝通り」を奈良倉山まで歩いたことがあります。自然林の中の道が続く、なかなか気持ちのよい尾根歩きのできるルートでしたが、その後いろいろと調べてみると、この牛ノ寝通りがかなり古くから存在する要路であることがわかってきました。東京都(武蔵野国)から山梨県(甲斐国)を結ぶルート、現在では甲州街道(国道20号)、青梅街道(国道411号)が有名ですが、この2つのルートは実は江戸時代以降に整備されたルートです。それ以前、律令時代に整備された、武蔵府中(東京都府中市)と甲斐府中(山梨県甲府市)を結ぶ官道の一部がこの牛ノ寝通りなんだそうです。

この官道「古甲州道」は、東京の府中市から発してあきる野市から秋川沿いに檜原村の本宿(檜原村役場のあるあたり)まで延びています。その先、払沢の滝の脇から浅間尾根に登って尾根伝いに三頭山と御前山を結ぶ主稜線に達し、そこからが風張峠経由と言う話と鞘口峠経由と言う話があってはっきりしないのですが、現在の山のふるさと村のあたりまで一旦下りているようです。さらに多摩川・小菅川沿いに小菅村に向かい、大マテイ山の西側で牛ノ寝通りに上がります。牛ノ寝通りの終点の石丸峠からは熊沢山を越えて現在の大菩薩峠を通り、西側に下りて裂石経由で塩山、甲府に至っていたようです。

結構起伏が激しいルートですよね。最初から多摩川沿いに道を作れば楽なのに・・・という気もしますが、多摩川沿いはあの通り深い渓谷が続いています。当時の土木技術では川沿いの急斜面に道を作ることも維持することも難しく、建設や維持の楽な尾根伝いのルートになったのではないかと思います。現在でも沢沿いの登山道は崩落その他で維持が難しく、雲取山東麓の大ダワ林道のように廃道になってしまうこともありますよね。

さて、江戸時代に入ってからは状況が大きく変わります。ご存知のように天領であった甲斐は江戸が攻められたときの将軍の避難先ともなっており、避難路である甲州街道が整備されます。また、江戸城築城に必要な資材、石灰(漆喰の原料)を運び出すため、かの大久保長安によって青梅市成木(高水三山のあたり)まで道路が整備されます。この道路が多摩川沿いに次第に延びていき、青梅街道となったようです。こうなると多摩川沿いに移動したほうが楽ですから、かつての官道、浅間尾根に登って下りて、牛ノ寝通りに登って下りて・・・を繰り返していた古甲州道は次第に廃れ、地元の生活道路となっていきます。

ただ、江戸時代の青梅街道、現在の柳沢峠経由のルートではありませんでした。丹波山(たばやま)村役場付近から村の南側の尾根筋に入り、さらに牛ノ寝通りの北側の尾根筋を通って大菩薩峠を超え、裂石まで下るルートが当時の青梅街道です。また、ご存知の方も多いと思いますが、当時は現在の大菩薩峠よりも北側、親不知ノ頭と妙見ノ頭の鞍部である「賽ノ河原」が大菩薩峠となっていました。中里介山の大河小説「大菩薩峠」の冒頭で、主人公の机龍之介が老巡礼を斬り殺すシーンはこのあたりが舞台です。

青梅街道は標高1,900m近い大菩薩峠越えがあるとは言え、小仏・笹子の二つの峠を超える甲州街道よりは登り下りが少なく、江戸から甲府までの距離が2里(8km)短いため通る人はそれなりに多かったようです。なにより、途中に関所がないため無宿人や渡世人のような訳ありの人たちには好んで利用されたようです。

旧大菩薩峠は「丹波大菩薩峠」「上峠」などと呼ばれ、「小菅大菩薩峠」「下峠」などとも呼ばれていた石丸峠と対になっていたようです。しかしながら、旧大菩薩峠の前後は道も急で、冬季は風雪が激しく遭難者がたびたび出たようです。そういうことから明治9年に現在の大菩薩峠を通るルートに付け替えられたそうなんですが、2年後の明治11年には黒川鶏冠山の北麓を大きく迂回して柳沢峠を超える現在の青梅街道ルートが新たに開かれ、大菩薩峠を超える旧青梅街道は街道としての役割を終えました。

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「この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の電子地形図(タイル)を複製したものである。(承認番号 平28情複、 第19号)」

以上のような話を纏めたのがこちらの地図。今回は上日川峠から大菩薩峠に登り、そのままどこのピークにも登らずに(笑)、旧青梅街道こと「丹波大菩薩道」を通って丹波山村役場方面まで歩いてみます。なお、途中で小菅村方面に下りる「小菅大菩薩道」というのもあり、現在の登山者はこちらを通る人のほうが遥かに多いようなんですが、このルートは明治以降に開かれたルートのようです。いずれまた改めてということで、今回はパスします。

今回のルート・タイムの詳細も、ヤマレコに登録してあります。そちらもあわせてご覧ください。

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と言うわけで、前置きが大変長くなりましたが、7月24日・日曜日。いつものように地元を始発電車で出発。八王子で6時35分発の松本行きに乗り換えて、7時38分、甲斐大和駅までやってきました。早速駅前に待機していた上日川峠行きのバスに乗り込みます。

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天気は辛うじて日が差していますが、雲の多い天気。あまり期待できないですね。雨は降りそうにないですが。

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バスは早々に臨時便扱いで出発することなりました。この路線、何回か使っていますが、臨時便が出なかったことがありません。定刻より30分ほど早い7時45分頃に出発。8時30分、上日川峠に到着です。

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身支度を整え、8時45分、出発。今回、ここから丹波山村役場までの休憩時間を含まない標準CTは5時間30分です。そのまま休憩なしで標準CT通りに歩くと14時15分に到着する計算ですが、丹波から奥多摩駅行きのバスが発車するのは15時45分。遅れたり、休憩時間を取りすぎたりすると乗り遅れる可能性があります。まあ、その後に18時20分のバスもあるのですが、これに乗ると千葉への帰宅時間が22時半頃になってしまいますからできるだけ避けたいところ。最近体力がかなり落ちてきていますが、さて、間に合うでしょうか。

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歩き始めるとすぐに山道と舗装道路の分岐。左側の山道のほうは先日大菩薩嶺に芋煮会をやりに来たときに歩いていますので、今日は右の舗装道路のほうを歩いてみましょう。

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まあ、あまり登山道のほうと変わりはないかな。

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あれ?もう福ちゃん荘に着いちゃった。ひょっとしたら、登りも下りもこちらの舗装道路を歩いたほうが早いのかもしれません。

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福ちゃん荘前から上のほうを見てみますが・・・残念ながらガスがかかっていますね。これは親不知ノ頭付近かな?

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唐松尾根分岐を右。今日は大菩薩嶺には登らず、真っ直ぐ大菩薩峠を目指します。

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いつ来ても、登山者が結構いますね。

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休業中の富士見山荘前を通過。この辺りに賽ノ河原(旧大菩薩峠)に直接登る破線ルートの入り口があったのですが、撮影し忘れました。このルート、途中には朽ち果てた金属製の手すりが残っていたりするようです。かつてはメジャーなルートであったのかも知れません。

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勝縁荘前を通過。

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大菩薩峠に通じる、広い緩やかな道を登っていきます。

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右側がちょっと開けている場所に出ました。向こうのピークは熊沢山のようです。こっちにはガスがかかっていませんね。

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逆光になってしまって分かり辛いのですが、道端の木にコゲラがいて、盛んに囀っていました。コゲラは日本にいるキツツキ類では最小の種で、スズメくらいの大きさしかありません。高尾山界隈にもよくいますが、いつもは「カカカカカ」と木をつついている音で気が付くことの多い鳥、鳴き声を聞くのは珍しいですね。恋の季節でしょうか。

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介山荘が見えてきました。

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大菩薩峠に到着。早々に、本日の最高標高地点です。こちらで15分ほど休憩。

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当たり前の話ですが、皆さん大菩薩嶺方面に向かっています。ここまで来て、そのまま東側に下りていく変人は私一人のようですね(笑)。

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甲府盆地方面。ガスがかかっていますね。若干青空が見えているので、雨の心配はなさそうですが。

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こちらは奥多摩方面。完全に雲海に沈んでいます。雲海の上縁の高度は1,700mくらいでしょうか?この位置から見える奥多摩の山々は標高1,700m以下なので、山の姿は全く見えません。

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介山荘で「あるもの」を購入し、10時ちょうど、丹波山村に向けて出発。

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最初は大菩薩連嶺の主稜線沿いに北へ向かって道が延びています。左上が稜線ですね。

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先ほど介山荘で買った「あるもの」とはこれ。熊鈴です。例によって熊鈴を持たずに歩いてる、熊鈴嫌いの徒骨亭ですが、これからの行く手がガスガスで絶好のクマ日和なので買ってしまいました。普段は要所要所でホイッスルを鳴らしながら歩いているんですが、あれも結構続けるのが面倒なんですよね。以前、ガスガスの長沢背稜を歩いている間はホイッスルを吹いてたものの、ヨコスズ尾根に入って吹くのを止めた途端にクマ(多分)が出たことがありましたから、今日は面倒臭くないように最初からぶら下げておきます。

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左側は如何にも大菩薩連嶺らしい、コケと岩だらけの斜面。

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道が大きく東に曲がっている箇所に来ました。ここから左手、西のほうを見上げたところ。この上辺りが旧大菩薩峠、賽ノ河原だと思われます。地形図では崩落地のマークがついていますが、元々道があった場所に見えなくもないですね。今でも登れなくはなさそうです。もちろん、今日はこの斜面の調査などはやりません。このまま通り過ぎます。

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先ほどの場所を過ぎると、早速旧街道らしい痕跡に出くわしました。このあたりは石畳になっていますね。

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こちらは石段。通り過ぎてから振り返ってみたところです。

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これも通り過ぎた後に振り返ってみたところですが、ここは如何にも「古道」という風情。左側は石垣みたいですね。

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牛ノ寝通りと同じく、自然林の中に道が続いています。

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「荷渡し場」という名前の場所に出ました。なんでも、かつて裂石側と小菅側で「無言貿易(交易?)」が行われていた場所だそうです。これは、双方の村から物々交換する荷を持ってきて、ここへ置きっぱなしにしておいた荷をお互いに引き取っていくと言うものなのだとか。

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ここでは来た方向から見ると右後方に下る道が分岐していますが、これはこのあたりの指導標ではおなじみの「山道」、すなわち作業道ですね。

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さらに先へ進みます。

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これも通り過ぎた後で振り返ったところですが、苔むした石垣の上に道がついていますね。

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この大岩も、道を通すために削ったように見えます。

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もうそろそろフルコンバかな?ちなみにここまでの間、すれ違った人は2人。

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フルコンバに到着。ここでは小菅大菩薩道が右方向に分岐しています。ここでは3名ほどの方が休憩していましたが、皆さんここから小菅村に下りるか、あるいは小菅村から登ってきて大菩薩峠方面に向かうかのようです。やっぱり、このまま直進して丹波山村に向かう物好きは私一人のようですね。

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分岐点の指導標。

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左方向が開けていますが、遠くはガスがかかっていて何も見えませんね。

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奥に見えている尾根は、恐らく大菩薩嶺から北東方向に伸びている尾根じゃないかと思います。

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フルコンバを過ぎると本当に人の気配がなくなります。道の両脇には枯れたヤダケ?かな。

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ガスが濃くなってきました。が、ガスっぽかったのはこのあたりだけで、この後はガスはなくなりました。

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コケがいい感じ。

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自然林の尾根沿いを歩いていきます。時折、日も射してきました。

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空中に浮かぶ謎の木。昨年、牛ノ寝通りでも似たような木を見たことがありますが、あちらは自然に朽ち果てた木が周囲の木に引っかかって宙に浮かんでいる状態でした。こちらは明らかに伐採された木で、伐採後に引っかかってそのまま放置されたような印象です。どういう経緯でこうなったんでしょうね。

以下、自然林の中のなだらかな尾根道をひたすら歩きます。

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ノーメダワに到着。先ほどのフルコンバ同様、変わった名前ですが、一体どういう意味なんでしょうね?木のベンチがあり、休憩できるようになっていますが、誰もいません。というか、フルコンバ以後、誰にも会っていません。この後、丹波山村の市街地に出るまで誰にも会いませんでした。

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北西方向。黒川鶏冠山の方角ですが、遠くは全く見えません。

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南東方向。こちらも真っ白です。

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西方向かな?晴れていても、この位置からは大菩薩嶺を望むのは難しそうです。

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指導標。「山と高原地図」には記載されていませんが、ここからも小菅村方面に下りられるようです。ただ、指導標がずり落ちてしまっているのが気になりますね。もちろん、丹波方面を目指します。

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ノーメダワから先は尾根の南側斜面を巻いている道を歩きます。

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ここら辺の主っぽい立派な木です。写真ではあまりわかりませんが、薄暗い森の中に白い根っこが浮かび上がって見えて、最初は巨大な骨が落ちているのかと思いました。

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真新しい桟道。人通りが全くありませんが、しっかり整備していただいているようです。感謝。

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杉林に突入。自然林ももう終わりかな。

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・・・と思ったら、再び自然林。ごく一部だけだったみたいです。

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「山と高原地図」には「ノーメダワから追分の間には小菅村方面への作業道分岐が数箇所あり入り込まないよう注意」となっています。ただ、間違えそうな分岐は殆どありませんでした。ここも作業道側は木で塞いであって、進む方向に迷うことはありません。

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また桟道。これも比較的新しいです。

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石垣。大菩薩峠の近くのものよりは新しそうですね。

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これも石垣。こちらは割りと最近積まれたもののようです。上のガレ場の石をそのまま利用しているようですね。

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どうしても、谷筋のところは荒れ気味になります。通るのが難しいほどではありませんが。

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右手がちょっと開けたところがあり、南側の牛ノ寝通りがよく見えました。ここは、玉蝶山から一気に高度を下げて標高1,400m前後の平坦な尾根道に移行するあたりですね。

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左のほうから稜線が下りてきました。そろそろ南斜面の巻き道も終わりのようです。

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追分に到着。ここで10分ほど休憩します。昼食がまだですが、例によってあまりお腹が空いていないので、ここではまだ食べないでおきます。

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「山と高原地図」では「追分」となっていますが、指導標には「十文字」という地名が書かれています。ここからも小菅村に下りられるようですね。「山と高原地図」には記載されていませんが、地理院地図には載っている道ですので大丈夫でしょう。

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ここからは雲取山方面が見えるらしいのですが、残念ながら雲の彼方です。

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さて、それでは出発します。ここからはこれまで歩いてきた稜線を離れ、北東方面に下りていきます。ここから稜線沿いに藪漕ぎで進む猛者もいるらしいですが。

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ちょっと下ると本格的に杉林に突入。

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左側の斜面のあちらこちらに白いものがあるので何かと思ったら、蜘蛛の巣にびっしりと細かい水滴がついていました。今は日が射していますが、ちょっと前までガスの中だったようです。

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右手に沢が見えて来ました。

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左手から合流する小さな沢を渡ります。

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次いで本流も渡ります。

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沢っぽい道を下ります。楽しいですが、ちょっと滑りやすいですね。

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再び本流を渡ります。

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登山道沿いの巨木の枝が朽ち果てて落ちていました。ちょっとわかりにくいですが、落ちた枝の部分もかなりの大きさです。

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再び沢から離れていきます。

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再び杉林。

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・・・と思ったら、また自然林。

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潅木が道を塞いでいます。ここは左側を大きく巻いて通過。

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やっちゃいました。気をつけてはいたんですが、苔の生えた石で足を滑らせて思いっきり尻餅をついてしまいました。中央の光っているのが足を滑らせた部分。最近、ほとんど転ばないようになっていたんですけどね。

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そろそろ藤タワかな?

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藤タワに到着。ここで10分休憩。

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ここで道は三方に分かれます。右手に下ると、林道経由で越ダワに出て丹波山村に下るルート。中央はちょっと登り返して丹波山村の南側を東西に伸びる尾根筋「高尾天平(たかおでんでいろ)」上を歩いて越ダワに下るルートです。最後、左側に下るルートは沢沿いに丹波山村の西端に出るルートとなります。もちろん、一番面白そうな中央の尾根道を歩きます。ただ、旧青梅街道が高尾天平を通っていたかどうかはわかりません。何となく、谷沿いのルートのような気もするのですが。

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休憩後、出発。高尾天平に登り返すところでちょっと迷います。指導標は右側、山道っぽいほうを指しているのですが、入り口は木の枝で塞いであります。左側の割と新しい、車も通れそうな道を行けということかな?恐らく、新道ができたのでそちらに誘導していると判断して、左側の広い道を進みます。

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こちらで間違いないようですね。尾根上に上がっていきます。

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尾根に上がったところで振り返りました。右側が今歩いてきた道。左側にも踏み跡がありますが、こちらが元の道でないかと思われます。

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見事なくらい起伏のない、平坦な道が続いています。どうしてこんな地形になったんでしょうね?

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このあたりが高尾天平の山頂のようです。東屋がありますが、寄らずに前進。

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これは・・・ベニテングタケかな?

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ストンと落ちた鞍部があります。標高差は5mくらい?日当たりがよくて暑そうです。

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鞍部の先は、再び平坦な山頂が続きます。何なんだ、この山は。

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再び東屋。このあたりの標高が1,024mのようです。

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東屋の先でようやく下り始めました。

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左手に向かいの尾根筋が見えます。一番右端が丹波天平(たばでんでいろ・1,343m)のようですね。この尾根筋は天平尾根と言い、奥秩父の飛龍山から南東に延びた尾根の先端部にあたります。ここへ登って左奥へ進むと飛龍山まで行ける訳です。丹波山村の道の駅「たばやま」に車を停めて飛龍山ピストン・・・なんて考えてみましたが、帰ってきてからヤマレコなどを調べると「鴨沢からの雲取山ピストンの倍くらいきつかった」という意見多数。体力の落ちている最近の私には手強過ぎる、とあえなく断念(笑)。

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いきなり、植林したと思われる松の幼木の中に突入。

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うわ、ここから先は松の藪漕ぎ状態です。

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数十メートル松を掻き分けて、ようやく出て来ました。腕がチクチクします(笑)。

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このあたりではお馴染みのコンクリートの丸太で階段が作ってあります。何だか、整備されているのか放置されているのかわからない道ですね。

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道はいよいよ急になり、越ダワに向けてどんどん下っていきます。

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一番最後では倒木がフェンスを押し潰しています。乗越えるには高すぎるので、お尻を地面につけて潜りました。

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その先、もうすぐ舗装道路に出るところは藪漕ぎ状態。通る人はかなり少ないようです。

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舗装道路に出ました。ザックを降ろして、一休み。ふと気が付くと、胸の上を尺取虫が這っていました。先ほどの藪漕ぎの際にくっついたようです。そっと道端の草のほうへ落としてやりました。実は私、子供の頃から芋虫・毛虫の類が大嫌いだったんですが、山歩きをやっているうちに全然気にならなくなってしまいました。

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丹波山村に向かって舗装道路を下ります。ちょっと進んだ先には鹿倉山方面への入口。鹿倉山・大寺山も一度歩いてみたいルートですね。ここから深山橋まで標準CTで5時間弱です。

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山と高原地図にも載っている、ローラーすべり台。結構、家族連れが来ていました。どのようなものか興味があったんですが、外からは見えませんでした。

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道なりにどんどん下って丹波山村の中心街へ。橋を渡ります。

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橋の下は「丹波川(たばがわ)」。多摩川は、奥多摩湖より上流では丹波川になります。「たまがわ」と「たばがわ」、どっちが本来の名でどっちが転訛なんでしょうね。

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橋の先には目的地の「役場前」バス停。14時40分、無事到着です。標準CTを25分オーバーですね。荷物を解いて一息ついたら急速にお腹が減って来ました。バスの時間までまだ1時間あります。昼食用のパンはありますが、道の駅「たばやま」が近いので、そちらで何か食べることにします。

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6~7分歩くと「たばやま」です。ここの食堂に入りました。

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「丹波鹿丼」を注文。味はそこそこでしたが、鹿肉の煮込みがレトルトだったのはちょっと残念です。ただ、今の季節に新鮮な鹿肉は難しいですよね。ちなみにボリュームは見かけよりあります。次回は「鹿肉ソーセージカレー」を食べてみようかと思います。保存肉系だったら、ソーセージのほうがいいかもしれません。

この後、道の駅の前の「丹波山温泉」バス停まで行くと、既に多くの登山者がバスを待っていて、バス停のベンチも満席状態。時間があるので、元の「役場前」バス停まで戻りました。後で気が付いたのですが、さらに先、始発地の「丹波」バス停まで行けばバスの座席に座って出発待ちできたんですよね。ただ、そこまで行くとちょっと時間が足りないかな、という気もしますが。

やって来たバスに乗り、1時間ほどで奥多摩駅に到着。奥多摩駅からはホリデー快速に乗車、20時前に帰宅しました。
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テーマ : アウトドア
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No title

こんにちは、徒骨亭さん!
今回は、ちょっと不思議な感じのする山歩きでしたね!

敢えて山頂には行かず、古の道を歩く…はっ、もしやいつか熊野古道を歩こうと思っていませんか?
ダメですよ、私が先に歩くのですから(笑)
(いつから熊野古道はお前のものになったんだ!と、怒られそうな発言e-330)
でも、苔むした石垣とか萌えますよね(^^
城跡とか、大好きです!

鹿肉のソーセージカレー、美味しそうですe-431
もうじき、鹿肉の美味しい季節がやってきます。
今年も食べよう、鹿肉バーガー!(笑)
楽しみです~e-343

介山荘で買われた熊鈴、私と同じです(^^;
私も介山荘で買ったんです。
その時は前のご主人が店番していらして、いろいろとお話を伺いました!
熊と遭遇した話とか、皇太子殿下がいらした時のこととか…懐かしいな~(^^

Re: No title

悠さん、おはようございます♪

昨年、牛ノ寝通りを歩いたときもそうでしたが、ピークを踏まない山歩き、私にとってはあまり珍しいものではないですよ。牛ノ寝通りの場合はたまたますぐ近くに天狗棚山があったので踏んでは来ましたけど、もうちょっと離れていたらそのまま通過してます。「まだ歩いていない尾根を歩く」みたいな山行の場合、基本的に途中にピークがあるから踏んでいるだけであって、目的は間違いなく尾根そのものです(笑)。

熊野古道、もちろん狙っています。ただ、遠すぎる上に泊まり必須なのでなかなか手が出せませんが(笑)。熊野古道に限らず、古の道を歩くと昔の人の息遣いが聞こえてくるような気がして好きです。熊野古道に限らず、笹尾根や権現山稜、前道志あたりの山々は、中世以前から生活道路として使われていた古道がそのまま登山道になっているところも多いみたいです。私がよく歩きに行くのも、そのあたりが気に入っているからかもしれません。

鹿肉のソーセージ、以前はBecker’sではなく、駅構内にあるBECKSのほうでジビエバーガーと同時期に鹿肉ドッグを売っていたので食べたことがあります。最近はやっていないかもしれませんが、ソーセージにしても美味しいですよ。

介山荘の熊鈴、悠さんのブログの第一号の記事になっている、2回目の山行のときに買ったんでしょうか?結構安いのに、単なる記念品ではなく高品質な熊鈴であるところが「さすが介山荘!」って感じですよね。おそらく、私のように実用品として買う客も少なくないんじゃないかと思いますが。

熊鈴の件

おはようございます、徒骨亭さん!
連投します(^^

熊鈴は初めて大菩薩に行ったガスガスの時に、買いました。
その時小屋のご主人が、「こっちの高い方が営業的にはいいんだけどね、この500円(くらいだったと思う)の奴の方が、音も高くていいんだよ、私も使っているしね」と仰っていました。
普段は脱脂綿を詰めて、音が鳴らないようにしています。

時々電車で熊鈴鳴らしている人を見ると、「いったいどこに熊がいるんだよ!」と突っ込みたくなりませんか?
あとトレランで鳴らしながら走っている人を見ると、「おらおら、どけどけ~、トレラン様が通るぜ、ちんたら歩いているんじゃねぇ!」と言われているみたいで、ムカつきます(笑)

Re: 熊鈴の件

悠さん、おはようございます♪
日曜日に久しぶりに山歩きをしたら疲れ果ててしまってそのまま爆睡、お返事がすっかり遅くなってしまいました。御免なさい。

熊鈴、最初の大菩薩のときだったんですね。私は特に介山荘のご主人に聞いたりはしなかったんですが、ちょっと振ってみたらやたら鳴りっぷりがよかったのでこの500円の熊鈴に決めました。800円くらいの熊鈴はそういう面ではいま一つだったんですよね。でも、ご主人も使っているというのは納得、です。

私は本文中にも書いているように、熊鈴は滅多に使わないんですが、全行程で熊鈴装備だったのは2年前、巳ノ戸尾根・鷹ノ巣尾根経由で鷹ノ巣山に登って、倉戸山経由で下山したときです。巳ノ戸尾根にはクマの生態観察用のカメラが設置してあるし、倉戸山はアルピニストの山野井泰史さんがクマに襲われたりした場所ですので、流石に私も最大警戒でした。ただ、この時も倉戸口の人家が見えてきた時点で鈴を外しました。人家の裏が登山口、というところが多いですが、住んでいる人は絶対にうるさく感じていると思いますので。
プロフィール

徒骨亭主人

Author:徒骨亭主人
「むだぼねていしゅじん」です。「とこつ」ではありません。
主な関心事は電子工作、鉄道模型、空モノラジコン。その他、オーディオ、銀塩カメラ、クラシック音楽、映画などなど・・・何のことはない。どれも皆、昔ながらのオヤジ趣味ですな。最近は13年11月から始めた山歩きに熱中しております。
女房に頭の上がらない、小学生の息子を持つ父親です。

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