久しぶりに四国へ【前編】

こんばんは。

いやあ、またまた長期間更新をサボってしまいました。このところ、山行の回数も減っていますし、モチベーションの低下は否定できませんが、それでもまったく山歩きをやっていないわけではありません。ただ、日帰り近郊登山の限界も感じるようになってきていて、そろそろ泊まり山行にも手を出すか、と漠然と考えたりしています。まあ、仕事のほうもそこそこ忙しいので、ボチボチやっていきますが。

で、本日は実は山の話題ではなく、先日の海の日の三連休の家族旅行のお話です。ブログにアップできていない山行の話題が結構たまっていますが、それはおいおい纏めて書いていきます・・・なんて、以前も同じことを言っていたような(笑)。

女房の弟の長男、つまり私の甥ですが、5年ほど前に社会人になって転勤で四国の愛媛県・新居浜市に行っています。で、そちらの方で嫁さんを見つけたのことで、先日の連休の中日、16日に現地で結婚式を挙げることになりました。場所が場所だけに女房の親戚筋(岐阜県)やウチの一家は泊まりで現地に行くことになりますが、私自身もこれまで何回か記事の中で書いてきたように隣の香川県・高松市の生まれです。高松市にいたのは小学校6年の1学期までですが、市内には今でも母の実家があり、叔父(母の弟)が跡を継いでいます。

それならば、と、連休をフルに使って四国・中国地方を回る家族旅行をしてみることにしました。

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7月15日、土曜日。早朝に千葉の自宅を出発。直通バスで6時前に羽田空港第2ターミナルまでやってきました。いや、朝の空港もいいものですね。

この後、写真をぜんぜん撮っていないのですが、7時25分の便で高松空港へ。空港でレンタカーを借り、空港通り(国道193号線)を高松市内へ向かいます。実は、この道を10分ちょっと北へ走ったあたりが私が住んでいた場所なんです。通っていた小学校のすぐそばのうどん屋で朝食後、当時住んでいた団地などに立ち寄ってから母の実家に向かいました。ちなみにこの間、ナビは一切使用せず。地図も見ていません。昔はなかった高速道路やバイパスなんかの新道が結構増えていますし、家も比べ物にならないくらい建て込んでいますが、やっぱり忘れないものなんですね。

母の実家を出てから、すぐ目の前にある五色台というメサ地形(溶岩台地)の上をドライブ。讃岐に配流された崇徳天皇陵のある白峯寺(四国霊場81番札所)を参拝。ここは幼いころから祖父に連れられて何度となく訪れている場所です。

その後、坂出市側に降りて沖合いに作られた広大な埋立地、「番の州」に向かいます。そちらの突端にある公園から見えるものは・・・

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はい、瀬戸大橋です。この写真を撮影した公園は「瀬戸大橋記念公園」と言い、瀬戸大橋開通時に開催された「瀬戸大橋博'88・四国」の跡地です。この博覧会、対岸の岡山側でも同時開催されていて、そちらは「瀬戸大橋博'88・岡山」となっていました。

四国に住んでいた小学生時代、この地域では水泳教育が非常に盛んで5月から10月まで水泳の授業があったんですが、今にして思うと私が生まれる前の1955(昭和30)年の春に起きた「紫雲丸事故」の影響が大きかったのかな、という気がします。この事故、宇高連絡船の紫雲丸が僚船と衝突・沈没、168名の方が亡くなるという大惨事でしたが、犠牲者のうち100名は修学旅行の小学生と引率の先生でした。橋ができる前は、四国に住んでいる限り船に乗らなければ全国各地に向かうことができませんし、実際私の6年生当時の修学旅行(京都・奈良)はまず連絡船に乗るところから旅が始まっています。橋ができて、このような海難事故のリスクは解消しました。連絡船が消えたのはちょっと寂しいですが。

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公園の中にあるステージ。瀬戸大橋をうまく借景に使っています。日が暮れた後とか、橋がライトアップされると結構見応えあるかも。

公園の端には博覧会開催当時に設置された回転する展望台「瀬戸大橋タワー」が設置されています。今回、初めて乗ってみました。ただし、30年も前の施設なので、だいぶ老朽化しています。このタワー、最上部まで上昇すると高さが108mあるそうですが、肝心のタワー本体の写真を撮り忘れました(笑)。

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こちらは上から見た瀬戸大橋。

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こちらは沙弥島。元は水軍で有名な塩飽諸島の島でしたが、60年代の番の州の埋め立てで坂出市と陸続きになりました。

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ちょっとわかりにくいですが、番の州の全景。もともとの陸地は右奥の山の下あたりまでで、その手前はすべて埋立地です。左端に見えているのは瀬居島と言って、沙弥島同様に番の州の埋め立てで陸続きになった島です。

番の州からは丸亀市に移動。

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丸亀城にやってきました。実は私、四国に住んでいた当時でも丸亀城には来たことがなかったんです。初めての丸亀城。

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ここは石垣に定評がありますが、なるほど美しいですね。

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三の丸跡から眺める讃岐富士こと飯野山(421m)。香川県を代表するビュート地形です。誰もが登りたい、と思うらしく、何本もの登山道が整備されているそうです。

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同じく三の丸からの丸亀市街。

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最上部の天守閣まで登ってきました。標高は66m。この後、昔ながらの木造の天守閣の中にも入ったのですが、写真を撮り忘れました。

丸亀城のあとは本日の宿泊地にである琴平町に移動。有名な、金刀比羅宮(こんぴらさん)のある町ですね。以前に他の方のブログのコメントなどで書き込んだことがあるのですが、実は私、父の仕事の関係で3歳から5歳までの3年間、この琴平町に住んでいました。当時住んでいた、金刀比羅宮参道脇にあった家の跡地は今では観光ホテルになっているのですが、こちらの予約が運よく取れたので宿泊してみました。

チェックイン後、疲れてぐったりしている女房を部屋に残し、息子とふたりで琴平の街中を散歩。

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高松琴平電気鉄道(通称琴電)の琴平駅までやってきました。息子が「乗ってみたい!」と言い出したので、時刻表を確認。現在18時過ぎで、次の高松行き電車は13分の発車です。ホテルの夕食は19時なので、それまでに戻ってこなければなりません。電車は30分に1本しかないので、確実に反対方向の電車に乗り換えられる駅はどこか、駅員さんに聞いてみました。答えはなんと、2駅先の「羽間(はざま)」だそうです。短い区間ですが、仕方がありません。切符を買って(現時点ではSuicaは使えません。使えるようにする動きもあるようですが)乗り込みました。

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こちらが高松行きの電車。もともとは20年ほど前まで京王電鉄で走っていた車両です。かつては高尾山の麓、今は金比羅さんの麓を走っているわけですね。

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羽間駅で下車、再び琴平に戻る電車を待っていると・・・やってきたのは元京浜急行の車両。ラッピング列車のようです。

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琴電の100周年記念のラッピング電車でした。イルカの「ことちゃん」がうどんを食べてます。キャラクターがイルカなのは琴電で採用しているICカード、「IruCa」に由来するのだと思います。

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琴電琴平駅脇の公園。住んでいたころ、よく遊びに来ました。中央に立っているのは高灯篭で、江戸時代末に建てられたものです。昔は高い建物がなかったので、この灯篭の灯が瀬戸内海を航行する船からも見えたのだそうです。

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アーケード商店街の入り口にある肉屋さん。よく母親に連れられてきました。

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こちらの魚屋さんへもよく来たのですが、今では営業していないようです。

この後、ホテルへ戻って夕食。ホテルともども写真を撮っていませんが、大変おいしいお料理でした。流石に疲れていたので、夕食後はほぼそのまま爆睡。

翌朝は5時ごろ起きて朝風呂に浸かった後、6時ごろから金刀比羅宮に詣でました。ちなみに社務所は6時から開いているそうです。基本的に夜中でも山門が閉まることはないそうですが、場所によってはイノシシが出没するらしく、夜間の参拝の自粛要請の張り紙がしてありました。

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朝日を浴びる大門。

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時間が早いので、参道にはほとんど人がいません。

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御本宮に到着。ここまで700段ちょっとありますが、子供のころから歩きなれた道なのであまり苦になりません。ただ、この日は早朝なのにすごい暑さで汗びっしょりです。汗を拭き拭き参拝。

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晴れていますが朝もやがかかっていて、展望台からはほとんど何も見えません。

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こちらは奥社の入り口。今回は流石に暑いのでパスしました。私自身は子供のころから数え切れないほど行っていますが。

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本殿左手の絵馬堂です。造船会社や船会社が船の航海安全を祈願する絵馬を多数奉納しています。

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かなり古いものもあります。

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船じゃなく、船舶用エンジンの絵馬。確かに、外洋でエンジンが故障したら大事ですからね。下にあるのは堀江謙一さんのソーラー船「モルツマーメイド」号。ビールの空き缶をリサイクルして作られた船で、エクアドルから日本まで太平洋を横断しました。20年ほど前にこちらに奉納されたそうです。

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モルツマーメイド号の上、奥のほうにあるのはTBSが奉納した絵馬です。日本人で最初に宇宙に出たTBS記者の秋山豊寛さんの無事を祈願して奉納されたもののようです。右側に描かれているのは旧ソ連のソユーズTM宇宙船。確かに、「船」には違いありません。

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参道を下りてきました。夕方にこのあたりを歩くと、「千と千尋の神隠し」の油屋までの階段に雰囲気がよく似ています。

この後、ホテルに戻ってもう一度朝風呂(笑)。さらには朝食を済ませてチェックアウトしました。

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琴平町から4kmほど南、阿讃山脈の麓までやってきました。ここは弘法大師が1200年前に作ったダム、「満濃池」です。作られた当時は提高22m、貯水量500万トンほどだったそうですが、江戸時代と昭和に入ってから合計10mほどの堤防の嵩上げが行われ、現在では提高32m、貯水量1,540万トンになっているそうです。

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こちらは水位が上昇したときに余った水を吐き出す「余水吐き」。ご覧のように現状では余水どころか水面のほうが遥かに下です。

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昼食は善通寺市内のうどん屋さん、「白川」。通りすがりに目に付いた店に入ったのですが、どうやら結構有名なお店だったようです。ちなみに讃岐うどんですが、美味しい店が多いのは琴平町、まんのう町、善通寺市周辺かな、と思います。。県内に満遍なくあるわけではないように思います。特に、高松市から東側にはあまり有名なうどん屋さんはありません。全体的に、西のほうに偏っています。
この後、夕方から甥の結婚式なので、善通寺ICから高松自動車道・松山自動車道を経由して新居浜市へ。式の後は市内のビジネスホテルに宿泊しました。3日目のしまなみ海道の記録は、次回、後編で。
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No title

おはようございます、徒骨亭さん!
四国へ里帰り、ですね(^^
家族で旅行もできて、さぞ楽しかったことでしょうね!

四国は本当に美味しいものがたくさんで、我が家もいまだに「四国旅行は美味しいものだらけだった」と、話しています。
うどん、また食べに行きたいです(^^

満濃池の「余水吐き」ですが、六甲に行った時に見た布引貯水池が、同じような造りになっていました。
降水量と貯水量の関係から、関西の方ではそういう造りのダムが多いのでしょうか?
それにしても、徒骨亭さん相変わらずの知識量…一緒に出掛けると、ガイドいらずの万能ぶりですね!(笑)

最近忙しさもさることながら、単独が減っているようで、ブログアップのモチベーションがなかなか上がらないご様子。
私も一時期、新しい山へ行かなかったり、何で山へ行くのか考える時期がありましたが、結局分かったのは「山が好き」ってことでした。
ブログのアップも、気乗りがしない時はやらないと決めたら、気が楽になりましたし、今では本当に気ままにやっています(笑)
とりあえず、徒骨亭さんが元気でいることが分かったので、安心しました!
お互いB型気質全開で、これからもやっていきましょう(笑)

Re: No title

悠さん、おはようございます。大変ご無沙汰しておりました。

四国の母の実家方面ですが、これまで結婚直後に私と女房だけ、子供が生まれてから女房と子供だけという組み合わせで行ったことがあったんですが、家族全員揃って行ったのは今回が初めてです。女房は結婚直後に行ったときに小豆島へ連れて行ったことがあり、今回も再訪したがっていたのですが時間的に無理だったので諦めました。瀬戸内の船旅もいいものですよ。悠さんも次回は是非お試しください。

讃岐うどん、実は叔父が県内の店を結構食べ歩いていて、訪問時に琴平・善通寺方面ならこれこれ・・・と、悠さんが行った山下さんを含め何店か聞いていたのですが、結局は適当に目のついた店に(笑)。実は山下さんもすぐ近くだったんですけどね。県道沿いに看板だけ出ていて、お店は車1台がやっとの細道を入り込んだところにあったのですが、「この立地なら旨いうどん屋かも」と思っていたら図星でした。

満濃池みたいな余水吐きですが、県内のほかのため池ではあまり見た記憶がありません。ダム式のため池ならではの施設じゃないかと思います。確か布引貯水池も同じような感じですよね?満濃池、実は空海が最初に作ったのもではなく、奈良時代に築造されて以来何回も決壊を繰り返していたところを、空海が余水吐き(現在のものとは異なります)とアーチ式堤防を取り入れてようやく安定したのだそうです。

とりあえず、山のほうはまだ若干スランプ気味です。加えて糖質制限ダイエットなんぞも始めて体がまだ低糖質に慣れていないので、すぐにバテてしまいます。一昨日の日曜日も暑さが加わってバテた上に雨が降り出したので途中で撤退してしまいました。おかげで、これまで営業時間中に行ったことがない奥多摩ビジターセンターに初めて入りましたが(笑)。まあ、あせらずボチボチ続けていきます。
プロフィール

徒骨亭主人

Author:徒骨亭主人
「むだぼねていしゅじん」です。「とこつ」ではありません。
主な関心事は電子工作、鉄道模型、空モノラジコン。その他、オーディオ、銀塩カメラ、クラシック音楽、映画などなど・・・何のことはない。どれも皆、昔ながらのオヤジ趣味ですな。最近は13年11月から始めた山歩きに熱中しております。
女房に頭の上がらない、小学生の息子を持つ父親です。

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