FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

貸本屋の漫画本。

こんばんは。

もう40年ちょっと前、小学校にあがったばかりの頃の話です。当時、私は瀬戸内海べりのある県に住んでいました。ここは母の実家の近くでもあり、床屋に行く時はいつも母の実家の傍にあった床屋に行っていました。

母の実家は海に近い高台の上にあったのですが、バス通りにもなっていた長い坂道を下っていった先にその床屋はありました。床屋の通りを挟んだ向かい側は遠浅の海を埋め立てた塩田跡地が広がっていて、私が生まれるちょっと前まで実際に製塩をやっていたそうです。今では見られなくなった流下式塩田の枝条架がたくさん立ち並んでいました。

今もその床屋があるかどうかはわかりません。塩田跡地も県営の野球場になっているそうですが、この床屋に行くのは当時の私のとってちょっとした楽しみでした。なぜなら、非常にたくさんの漫画本が置いてあったからです。子供の頃は漫画本の類はまったく買ってもらえない家庭だったので、床屋くらいでないと漫画が読めませんでした。しかし、ここに置いてあった漫画本にはある特徴がありました。漫画本のすべてが1960年代前半(昭和30年代後半)の貸本屋全盛時代の本だったのです。この頃(1970年代初め)には既に貸本屋はほぼ絶滅状態でしたが、恐らく廃業した貸本屋さんから引き取ってきたのではないかと思われる資本漫画が書架にどっさり入っていました。

そのような中に何冊か、非常に強いインパクトがあって後々まではっきり覚えている漫画がありました。その一つが沼田清さんの「恐怖鉄道」というSF・・・というかファンタジーと言うか、不思議なストーリーの漫画でした。貸本界では最大手だった大阪の「日の丸文庫」から出版されていました。

沼田清著「恐怖鉄道」

さて、その頃から10数年が過ぎ、1980年代半ばになって雑誌「マンガ少年」のバックナンバーを読んでいたら、いきなりこの「恐怖鉄道」の話題が出てきたのでびっくりしました。これは、1977年から79年ころまで、漫画家のみなもと太郎さんが連載していたエッセイ「お楽しみはこれもなのじゃ」の記事だったのですが、これによるとみなもと太郎さんは沼田清さんのアシスタント(のようなもの)をしていた時期があるとのこと。作品自体はアシスタントをやる前から愛読されていたらしいのですが、みなもとさん曰く「しかしながら困った事に、未だに僕はこの作品のストーリーが良くわからないのである・・・氏は今は東京あたりにおられるはずだから、いつか聞いてみようと思っている」。私もそう思います。強烈なんですがよく分らないんです(笑)。

このエッセイはその後、何回か単行本として出版されています。直近では2004年に角川書店から出ています。

お楽しみはこれもなのじゃ―漫画の名セリフ
みなもと 太郎
角川書店
売り上げランキング: 273463

ともあれ、この記事を読んで「恐怖鉄道」を再読したいと言う気持ちが高まりました。そこで、新宿区の早稲田鶴巻町にある「現代マンガ図書館」を訪ねてみました。ここは元貸本屋を経営していた方が設立した個人経営の図書館で、貸本時代からの膨大な蔵書があるというので評判でした。最近ではどうやら明治大学に吸収されたらしく、「明治大学現代マンガ図書館」に名前が変わっています。なお、この図書館の設立者、内記稔夫さんは今月1日に肺炎のため逝去されたとのことです。

さて、1980年代に話を戻しますが、「現代マンガ図書館」は当然のごとく「恐怖鉄道」を所蔵していました。早速、閲覧を申し込んで閲覧室で読んでみました。

・・・やっぱり、よくわかりません(笑)。わからないんですが、インパクトの強さは子供の頃読んだ時そのままです。タイトルに鉄道がついていて、蒸気機関車も出てきますが、鉄道ファンの方がそっち方面の興味で読んでも肩透かしを食うと思います。C51型機関車・・・といいつつも、ほとんどそうは見えない機関車が描いてあったりします。「北駅」に向かってひたすら驀進する機関車がどういう使命を帯びているのか、その正体について殆んど語られないまま話が終わってしまいます。「大事な客」とは一体何だったのか。はっきり言ってストーリーが破綻していますが、インパクトだけは強烈な作品です。みなもと太郎さんではありませんが、作者にストーリーについて質問したくなるのも無理ありません。

とりあえず、もし作者に会う機会があったら私も質問してみることとして、1冊手元に置いておきたくなりました。で、探しに行った先がまだ「まんだらけ」だらけじゃない頃の中野ブロードウェイ。このころは「まんだらけ」さんは2階でひっそりと営業していた小さな古本屋さんでした。店番をしていたひげのお兄さん(おそらく創業者の古川益三さんだと思いますが)に書名を告げると、もちろんご存知でしたが在庫はないとのこと。もし見つかったら連絡をください、と住所氏名と電話番号を書いて置いてきましたが、25年以上経った現在でも連絡はありません。まあ、その後、会社組織になったり事業を拡大したりしてお店自体が大きく変貌していますから、私のメモなんかはとうの昔にどこかへ行ってしまっていると思いますが(笑)。

その後、早稲田大学の近くにあった漫画専門の古書店でも捜索依頼を出したのですが、こちらでも見つからないまま。この「漫画なんかの古書店ができた」と早稲田の教授陣を嘆かせた漫画専門古書店も、今ではなくなってしまいました。

月日は流れ、昨年暮れの事です。10数年ぶりに中野ブロードウェイまで行ってみました。実は、最近ではこの中に何軒か鉄道模型店ができているので、そちらを訪ねるためです。ビル全体が秋葉原を上回るディープなオタク街と化していたのには驚きましたが、主目的の鉄道模型店を回った後、今では4階にある「まんだらけ」の古い漫画本の専門店に入ってみました。

・・・ありました。ごく当たり前のごとく書架に鎮座していました。最初に読んでから実に40年が経過していましたが、ようやく手に入れることができました。値段は2,000円ほどだったと思います。出版された年代からするとそう高いものではありません。最初の方に掲載した画像が今回入手した本です。もちろん、元は貸本屋においてあった本ですからそれ相応に傷んではいます。ただ、私が思っていたよりは綺麗な状態でした。

その後、捜索のきっかけとなったみなもと太郎さんの「お楽しみはこれもなのじゃ」の単行本(角川書店版)も購入。

「恐怖鉄道」と「お楽しみはこれもなのじゃ」

しかし、2004年に出版されたこの本の注釈には、以下のようなみなもと太郎さんのコメントが添えられていました。「再会できる運びになるも、その日が来る直前に訃報に接す。無念。」とのこと。沼田清さんは1996年に亡くなられたそうです。ストーリーの謎は、永遠に解けないままとなりました。
スポンサーサイト

テーマ : 日記だよ
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

徒骨亭主人

Author:徒骨亭主人
「むだぼねていしゅじん」です。「とこつ」ではありません。
主な関心事は電子工作、鉄道模型、空モノラジコン。その他、オーディオ、銀塩カメラ、クラシック音楽、映画などなど・・・何のことはない。どれも皆、昔ながらのオヤジ趣味ですな。最近は13年11月から始めた山歩きに熱中しております。
女房に頭の上がらない、小学生の息子を持つ父親です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
只今の時刻
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。